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2012年3月17日土曜日

はてなブックマークを利用することで、はてなを応援しよう!!

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はてなのやったことは、許されないことなのかな?


Googleが行動履歴を収集しているのはAdsense広告であって、+1ボタンではない。そのAdsenseも以前は行動履歴を収集していなかった。Googleは、Adsenseをコンテンツマッチ広告から行動ターゲティング広告に変更するにあたって「訪問者の許可を取らないといけないからお前のサイトのプライバシーポリシーを変えろ」ということをやった。

これと同等の取り組みをするのであれば、はてなが許可を取らなければいけないのは、ブックマークボタンを設置する人に対してではない、情報を収集される訪問者に対してだ。はてなブックマークボタンを設置するにあたって、あなたのサイトのプライバシーポリシーを変更してユーザーの同意を取ってください、とお願いして回らないといけない。

とはいってもソーシャルボタンの類で当然にユーザー行動履歴が収集されるものなのだと世間一般に認知されるのは業界全体にとってマイナスだと思いますし、同意取って済む話では無いので、今すぐ中止したほうがいい。

ブログパーツやソーシャルボタンの類でアクセスログが残るのは当然だけどトラッキングされるのは当たり前にはなっていない - 最速転職研究会

Adsense広告は、広告収入がなくなると困るブロガーの支持か黙認により成立できたが、はてなブックマークボタンは直接ブロガーが困ることはないからという重大な違いがあります。

今、良識のあるブロガーは、はてなブックマークボタンを撤去していっています。もちろん、良識のあるブロガー以外の人も撤去しています。そもそも良識とはなに?

あそこも同じことやってるけど、炎上してないね?

あそこは、初心者でも使えるツールを提供していて、どや顔(したり顔、得意顔)で文句をいうようなブロガーが使っていないことと、記事に書いてもブロガーのアクセスアップにもならないからだと私は勝手に妄想しています。

あと、はてなブックマークと違って、日頃から恨みを買っていないからとか後から勝手な理論はいろいろつけられます。要は、皆が納得するような話であればなんでもよいのです。


まとも?なブロガーは静観

どちらに転ぶかわからないものは、下手に立場を明確にして今後の活動に支障があると困ります。また、誰もがわかるような明確な大義名分でないものに加担するのはリスクが高いことに、過去の事例でも判明しています。

大義は小学生でもわかる明確なものである必要がある。またその大義に荷担することで、たいした(あなた周囲の)社会的影響を与えないものである必要がある。ブロガーが手を出しても安全なのは、この2つの条件が備わっている時です。


はてなブックマークの嫌いな人は反撃だ

「はてなの企業体質が個人的に賛同できないため、はてなブックマークの利用を禁止しています。」をもっと大義名分でガチガチにして、禁止をうたえばよいかも。

でも、逆に、ネタにされて返ってブックマークがついてしまうということになった場合は、私は責任を持てません。


はてなは、Googleの真似をしている?

無料サービス展開はやめ、収益をとれる方法ななんでも導入していっています。また、はてなブログも私にはBllogerの真似にしか見えません。

弱小の企業規模も小さい上場もしていない会社が、収益がほしいのは当たり前の話。Googleなんかよりも切実に・・・。


ブログやTwitter、はてなブックマークのコメント欄などに書き込まれた皆さまのご意見を読みながら、この数日間、スタッフたちと議論を重ねました。その結果、根本的に、はてなブックマークボタンを使って、行動情報を第三者に提供する事自体が誤りである、という結論に達しました。
http://hatena.g.hatena.ne.jp/hatena/20120313/1331629384

行動情報を第三者に提供を開始する前には、スタッフで話し合いをしたのか?という点が気になりました。技術論でなくて、経営者の判断のはずですし、経営者がはじめから反対すればできないことですから。


はてなブックマークを利用することで、はてなを応援しよう!!

はてなブックマークをこよなく愛する人にとっては、はてブの代替えサービスなんかありません。また実際に、これと同等といえるサービスは存在しません。

利用を続けたい、快適なネット生活を続けたいと思う人は、はてなブックマークを使うことで応援していきましょう。大義名分なんて、あとから見つければよいのです。もう少しすれば、反対派のボロを見つけることも可能なのは、他の事例でもわかっている話です。

はてなだけが悪いんではないんです。はてなで無料サービスを使っている人たちにも責任があるのですみたいな、どこかでも展開されているような大義名分のたぐいをがんがんと持ってくれば問題ありません。

はてなの現場で働いている人はこんなに苦労してるとか、倒産してしまえとはなんとひどいことをいうのだとかいろいろありますよね?

今回の件で、気むずかしいユーザーが離れていったことはかえって良かったことかもしれません。他で同じことをしていても炎上しないのは、気むずかしいユーザーが少ないからです。おまけに、今回のことで、衰退気味のはてなブックマークが話題となり、宣伝にもなりました。


個人的メモ

はてなブックマークボタンのトラッキングが停止されましたが、ボクは当面復活させるつもりはありません。 : 見て歩く者 by 鷹野凌
セキュリティ研究者から広がる「脱はてな」
はてブボタンが香ばしいコトになってるのでモジュールごと外した - 大須は萌えているか?
はてなダイアリーからはてなブックマークボタンを削除した - ny23の日記
徳丸浩の日記: はてなブックマークボタンを外しました
はてなブックマークボタンを取払いました - 空繰再繰
はてなブックマークボタンの仕様が変更される。近藤社長が、はてブを愛している人に、謝る。
はてブボタン、外しました #はてな | Network - Soukaku's HENA-CHOKO Blog
有識者のはてな離れが進む「はてなブックマークボタン」問題の動向まとめ - NAVER まとめ
はてなはFacebookにはなれない

2012年3月9日金曜日

人を批判する人は、マジ怖い

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「批判する人」って、まじダサい。/「批判される人」になろう
http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20120306/1331042153

個人ブログは人(ブロガー)に興味を持つ


どうも個人ブログは、人(ブロガー)に興味を持つ人が読む傾向に高いように思う。記事の読まれ方にしても、引用先やトラックバック先はほとんど読まれない傾向にあるのもそのためだと思われる。だから、zenbackとかの関連記事からの誘導もそれほど多くは期待できないということでしょう。

xxxさんの記事、xxxさんのブログという感じですね。こういう内容の記事、こういう内容のブログではないということなんです。

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カルトになれ!~顧客を信者にする7つのルール~
マシュー・W・ラガス ボリバー・J・ブエノ 安田 拡


批判先がどこにあるのか?


人に対する批判なのか、それとも記事の内容に対するものなのか?という区別は簡単そうで実はそんなに簡単でないことに気づくでしょう。

詐欺の手法が昔からそんなに変わらないのに、一部分だけが巧妙化しているように、ネット上の批判に関してもそのような傾向が見られます。もう、簡単な手法で何らかの悪意を見抜くのは不可能になりつつあります。


ソーシャル・ネットワーキング


人という存在をそのコンテンツよりも重要視している思想だと思う。引用先でも有名な人を批判するたとえ話をかいているが、意見に対して批判してるはずなのに、いつの間にか有名人に、そしていつの間にかそのフォロワーも批判という雰囲気になっている。それが人を主体と考える場合の批判だろうと思う。


坊主憎けりゃ袈裟まで憎い


原理的には、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」なのですが批判する人は無自覚なことが多く対応に困るパターンです。この場合は、何を言ってもダメなんですからね。

確かに思想というのは人と関連づくことも多く、また1つの考えが気に入らなければそれに類する考えも気に入らないのは当然なので、結果としてその人自身が気に入らないのと、考えが気に入らないのと一致する可能性がありますが、それでもその両者を区別する努力が必要だと私は思います。

ただ、その努力をするメリットとか動機付けがないとできないものですので、現状を変えることはできないと思います。


人を批判する人は、マジ怖い


狂信的な感じだと・・・。信者が怖いなと思う人なら、その反対の狂信的人も怖いなと考えると思うのですが、どうでしょうか?

信仰というものは、本来その教えに対して行うものであると思うのですが、やはり偶像化された物や人の方が信仰しやすい傾向にあるような気がします。その程度ならよいのですが、いつの間にか信仰していた「教え」と違うことを言い出しても、物や人を信仰するようになってしまうために、そのことに気づかないという状態に陥りがちです。

2012年3月5日月曜日

たとえ話による批判は、相手を陥れるのに便利である

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では、「本質的にはこれと一緒だから」というタイプの比喩はどうだろうか。これも、大抵の場合「この問題とこの問題を一緒にするなんてとんでもない!」という話で一蹴されてしまう可能性が高い。
http://d.hatena.ne.jp/NOV1975/20120305/p1

気に入らないという名の批判


たとえ話や比喩的な表現で批判されたら、無視する(スルーする)に限ります。

愚かな人間ほど、自分自身は愚かだとは思わないのです。どちらかというと、高等な人間で道徳的であるとさえ思ってる人すらいます。聞く耳を持たない条件を正当化した形で持っているので、相手の声は何も聞こえません。

無自覚な場合が一番対応に困ります。

多くの場合は、その主張が気に食わない程度なのに、気に食わないと素直にいえない&表現できなくて、相手が間違っているとか、相手の人間性がおかしいことを示したくなるようです。この傾向は、論理的に自分自身の意見を展開する人にどうも多い傾向のようです。


自分勝手な理解


たとえば、「xxx禁止」と「xxxをご遠慮ください」はまったく同じ意味だとしても、「xxx禁止」だと批判されがちです。

なぜそういう風になるかというと、主張していることが同じであっても、「xxxをご遠慮ください」だと受け取り側は自分の主張を採用することが可能だからです。ご遠慮なので禁止ではないと理解するわけですね。

たとえ、相手が禁止という意味で使っていたとしても、もともと相手の考えを理解しようとしないタイプの人はそのことすら気づきません。

「xxx禁止」と「xxxをご遠慮ください」が同じ意味の例としては、「クーポンの併用はご遠慮ください」等があります。これを禁止でない言う人はいません。


論理的なのに感情的


気に入らないという気持ちが強すぎると、人は愚かになりがちなのかもしれません。文章が論理的であることと、感情的になってないことはまた別です。また論理的であっても、その内容が感情論であることすらあるわけです。


当たり障りのない表現


ご遠慮くださいなどの当たり障りのない表現を用いると、反感をあまり買いません。また、周りには賛同者がたくさんいるかのように見せることも可能です。多くの人が、「いいね!」を押したくなる状況です。

当たり障りのない表現を使うことと、批判する人をスルーすることは、場合によってはほぼ同じだということに気づくでしょう。

当たり障りのない表現によって、スルーすべき批判するような人が自分の勝手な解釈をして、批判するまでもないことだと思ってくれるわけですね。そういう解釈や理解の仕方をする人と、マトモに議論する意味がないのもよくわかるでしょう。

2012年3月3日土曜日

社会正義と「技術的正論」「法律的正論」との関係について

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個人情報保護が正義なのか、それとも高木先生が正義なのか

1.パスモのシステムの不備に対する指摘は、高木先生が全面的に正しいと思う。

2.タイムズの件は「一連の個人情報があれば別の個人情報を抜ける」という議論の一例としてなら正しいが、同時に「実際にタイムズがパスモの履歴を抜くことはありえない」という回答自体は正論だ。で、ユーザがその想定の元に(たとえ個人情報を使うと履歴が参照できると知っていた場合でも)タイムズへIDを提供するということは、まぁ、ありうる。ここに商業的利益の追求等が絡むと、提供された個人情報を使って密かに「名寄せ」をする動機が生まれる、という議論は可能だけど、それは個人情報取り扱いポリシーとか法規制という観点からも議論できるわけで、純粋に技術論のみで論じれるものではない。

3.毎回思うのだが、高木先生の議論は「技術的正論」に基づいて、相手の無思慮・不正義をマウントポジションでボコるという形式を取るが、その行動が事実上「特定の政治的立場」へのコミットと同義であることにどの程度自覚的なのだろうか。技術が「使い方次第」で様々な社会的意味を持ちうるように、いくら技術的見地であることを強調しても、その議論から政治性を払拭することはできない。

http://anond.hatelabo.jp/20120228001241

1円でもネコババはネコババ


まあ、一言で言うと
1円でもネコババしたら横領だけど、
その事実で、
横領は横領なので許すべきではありません
と論理展開する感じかな


社会正義と「技術的正論」「法律的正論」との関係について


以前からネットで見かけるが、何らかの正論をもって感覚的には変なことをごり押しするような論理展開が多数存在することである。感覚的に変だというものを言語化できる人たちは、反論できるわけですが、実際はそんなに簡単に言語化できるものでない場合も多いわけです。

リテラシーという言葉が流行したときもありましたが、それも感覚的に変だという感覚(ようは直感)が大事だという話で、直感を磨くためにある程度の知識と素養はつけましょうと。

リテラシーがあっても、おかしいと気づくが、それを論理的に説明が可能でない人もいます。知識が不足してるからという場合もありますが、それとは別に、倫理観とか他の分野の価値観が絡んでいるとかで説明しにくい場合もあります。

正論ならOKなら、正論をいうクレーマーはクレーマーでないわけです。でもクレーマーの対処で一番困るのは、正論を言う人です。


毎回思うのだが、


数年ぶりに読みましたが、昔よりもなんか加速してる感じが・・。
「毎回思うのだが・・・」は、多くの人?少なからずの人?がそう思ってると思いますよ。



科学的に正しい、統計的に正しい


これもどちらかというと、「科学的正論」「数学的正論」だと思われます。

2012年2月25日土曜日

ハッカーは苦行と屁理屈が大好き

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「ハッカーはVimを使う」 騙される若者たち
Eclipseがemacsやvimより優れている点を挙げてみよう。
http://anond.hatelabo.jp/20120217153335

本当のプロの大工は電動工具を使わない

「ハッカーはVimを使う」というのは、「本当のプロの大工は電動工具を使わない」とかと似たようなもの。よく考えなくてもわかるが、使う道具でハッカーになれるわけではない。

自称も含めて、ハッカーの人たちは自分たちは選ばれた特別な人だと思いがちで、主流のものを意外と使いたがらず、どちらかというと少数派のツールを使いたがる。また、そのほうがかっこいいとまで思っている。Unix系のツールを崇拝しがち。

マウスを使わずに、キーボードだけですべて作業できることがすばらしいと思っている人がほとんど。妙に、苦行が大好きなのだが、苦行のほうが楽なんだと言い張るんです。世の中に多い、強情で偏屈なじいさんなんです。

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Binary Hacks ―ハッカー秘伝のテクニック100選
高林 哲 鵜飼 文敏 佐藤 祐介 浜地 慎一郎 首藤 一幸


若者のハッカーと年寄りのハッカー

この両者を比べてみれば、使い道具にも流行があることと、使う道具でハッカーになれるわけでないことがわかる。
いまどき、ハッカーになりたい人がそんなにいるとは思えませんが・・


時代の流れに乗って、長いものに巻かれたほうが実は得

産先端だと思われているが、実は他の業界よりもIT業界はその傾向が強い。ハッカーは主流になるものを見抜くのが基本的に下手な傾向にある。


ハッカーと議論したら必ずまける

Eclipseがemacsやvimより優れているいるかどうか?という議論においても負けます。ただ、議論したら負けますが、賛同してくれる人の数はハッカー側のほうが圧倒的に少ないので安心してください。多くの人にとて、ハッカーの好きな道具は便利でないんです。

電動工具のほうが多くの人は便利なんです。おまけにパワフルですしね。

2012年2月24日金曜日

大学辞めたっていいじゃないか? /一般論は役に立たない

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弟が大学を辞める事になったよ!
どうすればいいんだ…私は何て言えば良いんだろう。
去年、留年が確定した時「大学を辞めたい」というのを必死に止めたのは私だ。
私は高卒で就職しているので大学卒の学歴が無い。
だから、弟には私みたいになって欲しくなくて、
多少無理してでも大学は卒業した方が良いと思う、今大学中退したら絶対後悔する時が来ると思うからと説得した。
http://anond.hatelabo.jp/20120221235031


何でもかんでも、うつ病

何でもかんでも、うつ病という指摘をする人が多いが多くの場合はそうでない場合が多い。まあ、診察受ければ大体は分るんだけど。睡眠も十分取れていて食欲もある場合は、うつだとしても軽度。比較の問題なので、重度の人がどれだけひどいかを確認してください。

また、うつ病だとしても治療しても元の健康体に戻るだけ。性格などは変わらない。風邪を引いて体調が悪いのが、風邪が治ってもとの体調になるだけ。もともとの持病などがあるのなら、それは治らない。

たまに、自己啓発セミナー的な効果で明るくなる人もいるが、それは自己啓発セミナーのものとあまり変わりがない。自己啓発セミナーというとおかしく感じるが、人は何か苦労したり病気をしたりしてそこから回復すると、何かを悟った気持ちになりがちだということ。


ぼっちは辛い

ぼっちが辛いのはほとんどの人がそうです。しかし、辛さの感覚にも個人差があることを忘れがちです。高所恐怖症の人が高いところが怖いのは、臆病だからでないということです。ゲームのキャラクターで言うと、生まれつき、不利なパラメータに設定されていたと考えるべきでしょう。


留年した原因を調べてあげよう

その人ががんばって卒業できる範疇にあるかどうかを。

何かの問題を解決する場合は、一般論というものは案外役にたちません。もし一般論が役に立つとしたら、それは対した問題でないということです。



逃げても、辞めてもよい

社会に出たらこまるだろう、会社に勤めたらこまるだろう?というのはまさにその通りです。しかし、これも一般論なんですよ。一般論というものは一般的でないケースにおいては役に立たないのです。だから一般論なんです。

要は、要領がわるいということなので自信をつけたり、性格が前向きになった程度ではあまり変わらないでしょう。留年しても、友達居なくても卒業できたとか、社会でも何とか過ごしてる人もたくさん居るもの事実です。その人たちは、要領のよさや処世術があるから、なんとか過ごしているだけです。

処世術というものは、自信やがんばりなどの精神論とは無縁のものです。また、苦手なもの、不得意なものをがんばってもあまり良い効果は出ません。たとえば、外見が悪い場合は、がんばってもほどほどになればよい程度です。ここで整形をするとかいうのは、がんばりでなくて、処世術。整形するためにはお金が必要で、そのお金を稼ぐために頑張っているので、頑張りだというのは屁理屈。


大学を辞めるのはもったいない?

使えないもの、価値ないものはゴミなのでさっぱりあきらめるのも良いでしょう。他人がもったいないと言っても、邪魔で価値ないものはみんな捨ててるわけでしょう?オークション売るというのは屁理屈。


有利な道を選択できないとき

意外とありがちなのは、有利な道がないか、有利な道を歩く資格がなくてそれを選択できないとき。
こういうときに、損得や有利不利で判断してきた人は、問題を解決できない傾向にある。エリートや恵まれた人にもありがちな話。打たれ弱いという人の一部はそういう人たち。

年寄りの多くは、自分なりの処世術を持っているので、その処世術が相談相手にもあうと問題は解決することも多い。逆に会わないと、単なる迷惑かおせっかい。処世術は一般論よりも実用的だが、適用範囲や使用方法が限定されてる場合が多い。

2012年2月18日土曜日

パソコンの無料相談を断ると、友達や信頼を失うか?

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私は未だに「ぐぐれない」人がたくさんいて、少しでも「なんかおごったらやってくれそうな人」を見つけたらそういう人達がダッシュで突っ込んでくるような気がしてならない。
http://anond.hatelabo.jp/20120210101250


「ぐぐる」ことができない人用に、すばらしいサービスがあります


自分自身でぐぐってもいいけど、やっぱりめんどくさいなと言うときにはすばらしいサービスがあります。人力検索はてなというサービスです。最近は無料でも質問できますが、お金をだして聞けば、代わりに検索してくれるというすばらしいサービスです。

(株)はてなの社長が、ぐぐれない自分たちの親世代のために始めましたとか言ってたらしいです。しかし、ぐぐれない人たちは、格好のカモになり泣き寝入りする人も多く居たり、中学生が夏休みに適当な検索結果を貼り付けて2万程度稼いでゲームを買ったりとか、いろいろなことがあったそうです。

この例からも分るように、「ぐぐる」よりも、処世術や人間関係のほうがこの問題に対する影響が大きいわけです。


「ぐぐる」の1件当たりいくらなのか?


人力検索はてなでは、1件当たり平均40ポイント(40円)あたりが相場になっています。どんなによい回答をしても、適当な回答をしてもそれほどかわらないわけです。高額な場合でも100ポイントから200ポイントが限界です。

くぐる程度で分るものは、本来の意味で言う専門知識でもなんでもないですし、対価もその程度なのです。


「ぐぐる」ことができるのに、カモになる場合


「ぐぐる」ことができなくて、上記のようにカモになるケースがありますが、もちろん逆もあります。

「ぐぐる」ことを拒否することで、友達や信頼を失うことなんて思ってる人には、人はあまり聞いてこないし便利に使おうと思わないんですよね。人の弱みに付け込んで、義理や人情で自分のやりたくないことを押し付ける人たちが世の中には多いわけです。

こんなの友達でないとか信頼でないとか思うのは勝手です。しかし、そういうものであっても、その方法でしかつなぎとめられないという立場なら、泣く泣く「ぐぐる」のも悪くない選択でしょう。

義理や人情で固める方法は、営業マンタイプの人がよく使う方法で、愛想よくニコニコしながら何のやましさも感じることなくできますので、悪気がないといえばないでしょうし、悪気があるといえばあるでしょう。


ITの人はけちくさい人が案外多い


実際にケチかどうかは別にして、この程度は無料でとか親切でやってくれてもいいのに、教えてくれてもいいのにということを、勿体をつける人たちもたくさん居ます。本来では無料ではないと言う主張なのですね。

ITでなくて、医者や弁護士ならどうなんだ?ということも言い出します。もちろん、医者や弁護士にだって、同じようなことをする人はたくさん居ます。ただ、断り方や流し方がうまいわけですよ。

ITの人と医者や弁護士の人の違いは、専門性の高さなどもありますが、処世術の部分が違うと思ったほうがよい。


なんで「なんかおごるから万引きの仕方教えてー」と言えるのかと考えたはじめたら悲しくなった。
http://anond.hatelabo.jp/20120210101250

それは違法行為だよといえないのなら、そのことも悲しいことだと思う。
あと、人は味を占めるとずうずうしくなるので、そこまで放置してるほうも悪い場合もたまにはある。


「ぐぐる」ことしかできない自分自身に苛立ちを覚えた


僕自身も、「ぐぐる」ことしかできない自分自身に苛立ちを覚えたこともありました。また、「ぐぐる」ことしかできないのに、「ぐぐる」で解決できないというジレンマにも苛立ちを覚えました。

もしかして、「ぐぐる」ことができないほうが、幸せなんじゃないかな?

しかしそれは違います。人に頼れる人、人をうまく使える人は、「ぐぐる」ことができてもできなくても大差はないわけですが、そうでない人で、「ぐぐる」ことができない人はかなり大変なわけです。

そうです。一番不幸なわけでなくて、2番目に不幸な人だっただけなのです。大丈夫です、まだ不幸な人はいます。


人のものは自分のもの


人に借りたCD/DVDを返さない、(小額の)お金も返さない人たちはそれなりの数います。そういうのと同様な問題なんです。

なんでも無料でできるとか、対価を払わないとかそういう問題でなくて、「人のものは自分のもの」「友達は便利に使う道具」と言う風な考えが問題である場合が多いわけです。ちょっと何か言うと、けち臭いと言われて人格を非難されがちです。

このような人間関係の問題を別の問題として論理的に考え出すと、話がおかしくなりますし、また解決の糸口から遠ざかります。医者や弁護士はそういうのを仕事柄もあるでしょうが、よく知ってるからこそ、無料相談系を適当に処理することが可能なのです。


友達維持するためのコスト


最後に誤解をして、ますます友達をなくす人がいると困りますので念のため書いておきます。

親密度にもよりますが、友達の多い人は友達関係を維持するためにそれなりのコストを掛けていることが多いです。しかし、そういう人たちは無意識にそれは普通のことだと思って行動しているため、そのコストに関してあまり意識していません。

コストを掛けて維持するものは友達でないというのも事実でしょうが、しかしコストを掛けずに維持できる友達関係はほとんどありません。

もちろん、やみ雲にコストを掛ければよいと言うものでもありませんし、コストを掛けたからと言って必ず友達関係が維持されるものではないのは当然ですので、そのあたりも誤解せぬよう。