行き詰まった時は、自身をナデナデしてあげましょう

  • 投稿 : 2013-12-17
【脳科学】「失敗を成功のもと」にする脳のしくみを解明 自己決定感がやる気を促す効果を脳活動で実証
http://dalme.com/archives/34767303.html

なぜならば、行き詰まった時こそ、今までの自分を超える成長のチャンスだからです。
ニヤリと笑うことで、まずは深刻になっている自分に気づくことができます。
そして、その深刻になっている自分から意識が離れることで、これは成長のチャンスなのだと捉え直すことができるのです。
行き詰まっている時とは、混乱している時です。
行き詰まった時こそ、ニヤリと笑ってください。

・口角を上げる(ニコッとする)
・髪の毛を触る(頭を撫でる、頭をかく)

他にもあるはずなんですが、まあその手の行動は、「セロトニンが分泌」されるとされているんですね。
まあ、実際に分泌されるかどうかは別にして、「心を落ちつくな」とおもったら効果があると思ってよいかと思う。

失敗したとき、恥ずかしいときなどに、「頭をかく」という行動も、実はその行動で心(感情)が安定するというのを無意識に分かっての行動かもしれない。

個人差があるらしいですが、頭を撫でてみたり、髪の毛を少し触って、「落ち着くな」と感じたら効果があると思う。口角を上げるよりも、効果を実感しやすいとおもうが、人前でやって不自然がないもののほうが、どんな場所でも使いやすいとは思う。


プラセボ効果(プラシーボ効果、偽薬効果)じゃないの?

さぁ? 科学的根拠を求めても意味ないことも多いと思うんですね、また、科学的根拠があるからといって、その意味合いも考えずに、信じてしまうのもどうかなという感じですが・・・。

どっちかというと、ゲン担ぎや占いと同じだと思ったほうがかなり健在な気がする


平常心の時は、自身の能力を出しやすい

でも、能力以上のことは、できないと思ったほうがよい。

たんに、心を落ち着かせる方法論なので、スーパーマンになれる方法論ではない。

ただスーパーマンは、ピンチの時も平常心なことが多いって話だとおもう。


納得済みの理不尽さは、ストレスになりにくい

【掲載論文名】
How self-determined choice facilitates performance: A key role of the ventromedial prefrontal cortex(自己決定した選択はいかに課題成績を促進するか:前頭前野腹内側部の中心的役割)
http://cercor.oxfordjournals.org/content/early/2013/12/01/cercor.bht317.abstract新しいタブで開きます

一般に「他人任せでなく、自分のことを自分で決める」こと(自己決定)は重要だと言われているが、自己決定が脳にどのような作用を及ぼすかについては分かっていなかった。本研究では、良いことがあると活動が高まる前頭前野腹内側部と腹側線条体に着目し、自分がこれから遊ぶゲームのデザインを、自分で選んだときと強制的に選ばされたときとで脳活動がどう異なるか、脳機能イメージング法を用いて調べた。
その結果、ゲームのデザインを自分で選んだ場合(自己決定)、たとえゲームで失敗しても,前頭前野腹内側部がそれを「成功のもと」とポジティブに捉え、その結果、やる気と課題の成績が向上することが示唆された。
本研究は、失敗を「成功のもと」とプラスに捉え、高い学習効果を維持する、学習者中心の教育方法の開発と普及、ひいてはやる気に満ちた社会の実現に貢献すると期待される。

「失敗を成功のもと」にする脳のしくみを解明|脳科学研究所|玉川大学:研究所
これは自己投資の仕事(残業)だからと思って、サービス残業できる人のほうが、(心理的)ストレスがかかりにくいという感じの話なのではないかなと個人的には思う。

サービス残業を、ピンチ(損)だとはとらえずに、「投資」と捉えるところが、「成功のもと」なのかもしれません。

まあ、本当のところは微妙だけど、年数回のサービス残業と、常用化しているサービス残業とは、ぜんぜん性質もちがうし、対処方法も違うのは確かだと思う。


ほかにわかりやすい例だと、
「単なる長時間労働」と「デスマーチ的長時間残業」だと、かなりストレスのかかり方が違う。ゴールが見えている場合と、見えない場合では、結果として同じ労働量になるとしても、その(心理的)ストレス度合はかなり違う。


行き詰まった時は、自身をナデナデしてあげましょう

実際に、頭をなでるとか以外にも、本当に、自身をいたわってあげたほうがよいと思う。

意外と世の中、自分に甘い人のほうが、厳しい人よりかは、幸せだったり、成功してたりするようだけど(^^;

自分に厳しくするよりかは、他人に厳しいほうが効果的だったりするのかもしれないが、まあ、人間的(倫理的)にお勧めできる方法ではないのは確か。


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