人生は、結果を楽しむものでなくて、過程を楽しむものなのかもしれない

何やらせてもダメな人間
ってのがいて本当にビビる
人間何かしら好きなことでは上位層にいるってことが多いが、仕事でも趣味でも本当に何やってもダメな人間の存在を最近知った。
当然のごとく仕事は何もできず、ゲームとかは好きだけど、別にランカーとかではなく一般人に余裕で負ける。
何かの知識に秀でているわけでもなく、性格がいいわけでもない。
何が楽しくて生きているんだろう?
http://anond.hatelabo.jp/20141031174607


この手に似た論調とかは、
無趣味で好きなものがない人は、何が楽しくていきてるんだろう?とか
いろいろあるけど、
人を蔑むような表現が多いような気がする。

まあ、似たように
人を蔑むことが平気な人は、何が楽しくていきてるんだろうか?とかも作れる

人生は、結果を楽しむものでなくて、過程を楽しむものなのかもしれない

結果がでなくても、その過程を楽しんでいる人たちもいると思うんですね。
何が楽しいのか分からないのは、
・価値観が違うから
・楽しみ方をしらないから
とかいろいろ理由は作れるとはおもう。

結果を優先する人でも、母集団さえ気を付ければ、楽しめると思う

逆に、結果を優先する人は、母集団を変更すると楽しめないかも。

お山の大将が大好きな人は、母集団が変わってそうならなくなったら、楽しくないでしょうね。

また、ゲームでもスポーツでもレベル差があると楽しめないという面はあると思うので、にたようなレベル?の物が集まって楽しむという形もあるかと思う。

甲子園にも行けないのに、何が楽しいのか?とか
いろいろな価値観があるかとおもうけど、

はっきり分かっていることは
理解しようと努力しない人が、わかることは何もないってことです。

疑問じゃなくて、存在理由の否定だと思うので、まあ分かる必要はないんだとはおもうけどね。

年老いて醜くなって、周りからも邪険に扱われてまで生きるのは嫌だ

この手の論調には、こういうのもあるけど、
そういう発言をするのは、若者に多い気がする。

まあ、想像力が足りないという話なんだろうけど、まあ仕方がない面はあろうかと思う。
そういう発言をしないからといって、想像力が豊かで理解できてるわけでもないとは思う。

で調査したわけじゃないけど、
実際その人が、年老いたときにどういう行動をとるかなんですけどね。

他人には強制するけど、自分は別物扱いな気もする。

無能な奴は死ねばいいとかいう場合において
自身は無能な分類には当てはまらないと強く信じてるからという面があったりするので。

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