「全体主義」の用語と概念は、個人主義や自由主義の反対概念から発生しており、個人主義的自由主義を批判する立場からは肯定的に、個人主義的自由主義を支持する立場からは批判的に使用されている。フリードリヒ・ハイエクは右翼も左翼も一見正反対に見える政治思想も実は同じ全体主義であるとした。
全体主義 - Wikipedia
こっちだって職場で失敗しまくったりその結果虐められまくったりして苦しんでるわ。
身近な人が死んだからなんなの?家がなくなったからってなんなの?
オレからすれば大した悩みじゃない。
これから先どうやって生きていけばいいのかわかんな~いって、オレだってそうだよ。
でもおまえらだけが可哀想な人で、おまえらだけが助けの手を差し伸べられる人で、おまえらだけが忘れてはならない人たちになるのはなんでなの?
おまえらはオレの苦しみなんて忘れるどころか知りもしないくせに、
おまえらの苦しみだけ覚えていなきゃいけないなんてどう考えてもおかしいだろ。
311を忘れない、っていうけど、どうせおまえらオレのことは忘れるどころか知りもしないくせに。
つまり、なぜ、同じ困っている人間なのに、扱いが違うのか?というのは、それは全体主義的な要素があるんだと思う。
>catra 千年に1度の大天災と平凡な自業自得では周囲の扱いが異なるのはむべなるかな。
>whkr こういう人に「なるほど、じゃああなたの望みは何?」と聞くと、途端に声が小さくなっていくんだよね。
全体主義 - Wikipedia
僕は、この人の言ってることが、そんなに見当はずれとは思うわないけどなぁ。
単に、表現方法が多数派(全体)に届きにくいだけで、指摘としてはマトモなような。
311で気持ちを考えて自粛しようとかいうのが邪魔になったら、いや、経済が自粛する全体のためにならないいう正論たたきつけてつぶしてるぐらいだから。
たんに、311で被害にあってなくても、私には私の生活があるから、全体の都合でそこまで押し付けられるのは迷惑だっていう話だと思うけど?!
でもそんなことをいうと、バッシングにあるので、違う正論をぶつけるだけでしょう。
一人はみんなのために、みんなは勝利のために
※太字はこちらでつけました。しかし、平尾氏によれば「ワン・フォー・オール(一人はみんなのために)」の訳は正しいが、「オール・フォー・ワン(みんなは一人のために)」の部分が大いなる誤訳である、というのだ。「オール・フォー・ワン」の「ワン」とは「一人」という意味ではなく「勝利」を意味する“ Victory ”である、のだという。
つまりは「一人はみんなのために、みんなは勝利のために」が正しい、ということになる。』
→ http://www.faith-h.net/press/oguclm/mc090717.html
これは面白い視点だと思います。「All for won」という考え方によって、冒頭のフレーズは180度違った意味になります。これまで護送船団方式よろしく助け合って進めていくチームワークを謳っていたはずなのに、oneがwonになるだけで、勝利のためならどんな犠牲も厭わないという姿勢に変わるのです。
IT業界の裏話: 「みんなは一人のために」という嘘と新訳
こんな感じなのでは?
つまり、民主主義といっても、全体や秩序を守るための路線の場合は、全体主義だし、「みんなは一人のために」は名目でしかないということですよ。
・一人はみんなのために、みんなは勝利のために
・一人はみんなのために、みんなは一人のために
後者を大義としてあげてるけど、実際にやってることは前者ですよね。
この2つは見分けにくいのを良いことに、組織運営でもよく使われる手法のような。
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