冤罪はある、いっぱいある

悪いのは、冤罪を作り出す構造です。
同時に、痴漢も悪いし、痴漢をでっちあげる女性も悪いでしょう。

悪いのは痴漢です、犯人ですというのもテクニックで
じゃぁ、冤罪を作り出す構造は悪くないの?みたいなのをつぶそうとしてると思う。

以下、意味不明な文章が書かれているので、脳内補完してください。
冤罪問題、痴漢問題はこの際どうでもよくて、そこで使われているテクニックが、すごいというかひどいなぁと思っただけ。



神奈川県警青葉署によると、男性と同じ電車に乗っていた30代の女性会社員が「男性に痴漢された」などとホーム上で訴え、別の乗客が男性を取り押さえた。駅員がホームで男性に事情を聴いていたところ、突然暴れ出して線路に飛び降り、中央林間方面に走ったところで後ろから来た電車にはねられた。
毎日新聞2017年5月16日 00時47分
https://mainichi.jp/articles/20170516/k00/00m/040/140000c


冤罪と痴漢

痴漢をしていないのに、痴漢ではないですというのはものすごく根性のいることなのに、
「冤罪」「冤罪」といわれると、女性が声を揚げられなくなるとかいう論理をぶつける人を見ると、本当に悲しくなる。

今回の件は、痴漢だったか冤罪だったかはわからないけど、冤罪はたくさんあるんです。

痴漢にあった女性はどれだけ理不尽な目にあったかを考えてくださいという以上に
冤罪にあった男性は社会的に抹殺されるわけです。

・女性の証言だけでは、痴漢が成立しなくなったらこまる

このあたりをつぶしたいのかなぁと思ったりして


金目的もあるけど・・

女性が勘違いする可能性もあるわけだけど、
でも一度言い出した以上、後には引けない雰囲気もあるよね。

もちろん金目的な人もいるかもしれないけど、それ以上に、誤認とか勘違いとかそういうの。

金銭目的で嘘をいう女性がいることはニュースで広まっているので、それを踏まえて、
痴漢と、そういう女性が一番悪いんだけどという論理展開で、また論点をずらす戦略。

実際には、それ以外にも勘違いとか、人違いとかそういう可能性もあるわけですけどね。

冤罪の確率は低いことを言いたいのか、なんだかわからないんだけど、
痴漢問題には邪魔になるので排除したいってことみたいにしか読めなかった。


男女別車両でも解決できない問題がある

男女別車両が実現しても解決できない問題があります。
それは、女性が女性を痴漢するケースです。

あと、男性に痴漢する女性もいますよ。

痴漢するのは男だけ、
女性が痴漢されたら、相手は男に違いない
そういう思い込みも、冤罪を生む可能性があるのです。

男女別車両が実現しての解決できない問題があります。
それは、男性が男性を痴漢するケースです。
みたいな話をぶつけてたので、女性が女性を痴漢するケースもあるよねという話。

実際には、男女別車両が実現すれば、
男性が女性を痴漢するのは事実上無理になり、
また女性が男性を痴漢だというのは無理になるので
このケースは解決されるんだろうけど、

何らかの意図があって、そういう論理が邪魔だったんだと思う。
ちょっと方向をかえて、それでは問題解決できないとかいって、つぶすテクニックだと思う。

気持ち悪いとかいう論理を駆使してはいけないのは?!

 具体的には満員電車などで好みの女性に近づいて「髪の毛の匂いを嗅いだり少しスカートを触ったり、それで満足を得ている痴漢」とのこと。澤登さんによると、警察は法令を駆使し、相当数の「触らない痴漢」を検挙しているという。司会の田中みな実アナも過去に被害に遭ったことを明かしており、レアケースというわけではなさそうだ。
https://dot.asahi.com/dot/2016051900167.html


こんなのとか・・。

構造について

この手の話って、一方を優遇しすぎたら、片方が不利になって、冤罪を生むって構図になるのは明らかなので、
優遇されてる側が譲歩することなしに、冤罪をなくすことは難しいと思うけどね。

いろんなテクニック

女性側:気持ち悪いを駆使、被害にあったら怖いを駆使
男性側:間違えられたら怖いを駆使

この論理をお互い超えられてないと思うんですね。

冤罪が目の前にあったとしても、
痴漢は許せない、声を上げられないように圧力がかかるっていう論理で
見てみぬ振りするのはダメなのでは?

今回は冤罪か痴漢かわからないといっても
わからないのなら、冤罪かもしれないのに、
論理の組み立ては、痴漢であるかのように組み立ててますよね。

今回は別だけど、とか今回は関係ないけどと言いながらも
絡めて書く限りは、そうじゃないのと、同じテクニックですよね。

不利な立場の人を無視するのは、倫理的にはダメのでは?

その論理で、女性の痴漢問題は、現状ここまでこれたわけですね。

では、男性の冤罪問題にたいしては、その論理を駆使できないのはなぜ?とか思えないのなら、

いずれ、パワーバランスが崩れると思うよ。
今までは、些細な痴漢でも認められていたけど、ある時期を境には認められなくなるとか・・。

疑うなんてひどい?!

本当に痴漢されたの? 疑うなんてひどい、こんなにひどい目にあってるのに?
本当に冤罪なの?にかわると、いろいろ変わるのはなぜ?

個人体験を普遍体験に・・

訴えない基準はあなた基準であって、他の人すべてがその基準を採用しているわけではないのでは?
個人体験を普遍体験にすりかえるテクニックでは?

たとえば以下のようなものがあります。
スカートの繊維が手についてなくても、有罪とされるんですけどね。

・一審 =>有罪
・控訴審=>無罪

わたしたちは、事件直後のSさんの手に、他の繊維は多数付着しているのに、「被害者」の女性の衣服の繊維は1本も発見されなかったという科学捜査研究所の鑑定を見つけました。女性が主張するように彼が手で彼女のお尻を撫で回したのであれば、Sさんの手に女性のスカートの繊維が付くはずです。繊維学の専門家に実験を依頼しました。実験の結果、Sさんの手に繊維が付いていなかったという状況が不自然であることが明らかになりました。

一審の裁判所は、それでも女性の証言を鵜呑みにして、Sさんを有罪としました。捜査官が作文した嘘の自白調書も信用できるとしました。しかし、控訴審の裁判所は、女性が酔って居眠りしているSさんを痴漢と勘違いした可能性があるとして、Sさんを無罪としました。捜査官が作文した嘘の自白調書も信用できないとしました。事件から約2年、Sさんは無罪を信じて戦い続け、名誉を回復することができました。
http://takanolaw.jp/bigcases/chikanenzai/



そうかな?!

だから、「冤罪ひどい!!」って意見は感情的にもがーーっと広まりやすいけど、「痴漢ひどい!!!!!」って意見は広まりにくい。全然広まらない。
皆、お題目みたいに「痴漢が一番悪いのは前提だが」とかいうだけで、後はずーっと冤罪の話ばっかしたりする。
冤罪の話をする前に「痴漢死ね」と叫ぶ


僕の観測では逆なんだけどね。

冤罪を生むのは、痴漢が悪いわけでなくて、冤罪を生み出すシステムのはず。
なぜ、痴漢が悪いっていうのを前面にだすかといえば、冤罪問題はどうでよくて2の次だからでしょう。

イメージ戦略合戦

・痴漢にあった人は多数いる。ただし実際に声を上げた人は一部。
・冤罪にあった人は多数いる。ただし、にらまれただけで、警察に引き渡されなかった人多数。

そんな感じで、イメージ戦略合戦もあると思うんですね。
痴漢と合わせたら、上記のような感じになるよね。

にらまれて疑われただけでは、冤罪じゃないでしょう?みたいな論理は組み立てられるけど、でもにらまれたという場合は、ちょっと転び方が悪かったら警察まで引き渡されますよね。
それは痴漢と同じなのでは?恐怖という観点で言えば・・。

痴漢はこんなにひどいんだっていうので啓蒙をやれば
冤罪はこんなにひどいんだっていう啓蒙をやってはいけないの?みたいな。

論理をうまく組み立て共感をえる文章を書ける女性は、痴漢冤罪の本質の問題を把握してるのでは?

だからこそ、危機感を逆に感じてるんですよね。
でもって、同性の共感を武器に、異性の賛同?もえて、現状を変えさせないようにとか??!

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。