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この方法論は、早い時期に行うほうがよくて、物ごころのつく?小学校3,4年ごろにやるのが妥当かもしれないと思う。中学に入ってからも可能ですが、親の学力がついていけるかどうかも重要なので。
ただ、「勉強するコツ」を自覚しないでも、勉強ができていた人たちは、そういうのを子供に伝えることができない。また、勉強ができなかった人は、そもそもコツ自体を知らないので、伝えることができない。
しかし、コツを伝えられなくても、一緒に勉強をみてあげるという行為は、小学校低学年とかだと、意外と効果が高い。
子供の勉強をみてあげる時に、守らないといけないこと
・怒らない・この程度のこともできないのか?とかそういう自尊心を傷つけることは言わない
・仏の心で接する(子供をお客さんだとおもって、勉強の間だけは付き合う)
・一緒に問題を解く、問題が解けないときも逃げない
・勉強のコツがわかるまで、付き合う
働いていて、毎日付き合えないというのなら、週1回1時間でも時間を作って付き合う。
結局、勉強をコツコツしないといけない様に、親のアプローチもコツコツしないとダメなんですね。
下手に子供の勉強に干渉すると、トラウマをつくって、余計勉強しなくなるパターンもあるので、気を付けたほうがよい。
意識の高い親たちが、子供を勉強させられるか?といえば、そうじゃないんだから。
あと、親が必死に取り組んでも、問題が解けなかったとしても、子供はそんなにバカにはしないので、誠実な態度でやったほうがよいとは思う。できないとしても、必死に取り組んでくれる態度のほうが、たぶん子供からしたら、心を動かすし、大事なことなんだと(たぶん)思う。
もちろん、100回に1回ぐらい怒っても問題ないとおもうけど。ずーっと仏の心ではいられないと思うし・・・。
アメ・ムチ論理であって、アメだけでもダメになってしまう子供もいるわけなので。
親だって、復習しないと勉強は教えられない
使わないものは、忘れてしまう。でも、一度覚えたことは、復習すれば思い出せることがほとんどです。
短期間に復習できる本が結構でているので、そういうので通勤電車のなかで頑張って読むとか言うのもよいかと思う。
そこまでできないやと言う人は、子供に勉強させるのはあきらめたほうがよいか、別の方法論を探しましょう。
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僕は、英語・数学(算数)・国語あたりだけ、子供が勉強すればよいと思っているので、社会とか理科とかはしらないけど。
結局、基礎的なものがないと、あとから頑張りにくい科目だけは、親としては押さえておいてあげるべきかなと思う。
まあ、理系か文系かでその「基礎的なもの」には違いがでるとはおもうけど。
最近は、なんでもノウハウ本があるので、親が苦手なことも教えられる可能性はある
まあ、指導書みたいなものが売っているということ。
経験の浅い新人教師が教えられるのも、指導書があるからと考えることも可能かと思う。
テキスト(問題集)選びも重要
塾に行かせるのがある意味効果的なのは、そこで使われているテキスト(問題集)による部分も大きいと思う。妥当なテキスト1冊?をえらぶのもある意味重要。
安い家庭教師を雇う場合は、このテキスト使ってくださいとかそういう指定をしれば、それなりの結果を出してくれることも多い。
また、テキスト(問題集)ありきで、子供に親が教えるほうが都合のいいこともあります。それは解答がついているということです。
自身では1から解けなくても、解答をみればなんとかなる場合は、その効果が絶大だと思います。
親の背中をみて、子供は育つ?
「そんなに役に立つならお父さんがやればいいじゃん。」親が勉強してるから、そしてその勉強の効果を示しているから、
普通なら屁理屈言うなと済ませてしまうところだが、その時は
「まぁ確かにごもっともで」と感じてしまったので俺は勉強することにした。
それから5年ほど経つが結果として息子はとても勉強するようになった。俺は給料が倍加した。
子供に勉強してほしいなら、まず自分..
子供も勉強するようになる?
本当にそうか?っていうのをよく考えるべきか?と思う。
実際には、そんな風にはならない。
まあ、こういう物語を信じている親(人)ほど、なにもしないので、おかしいとさえも思わないんだろうなと思う。
そうなったとしても、実際に、子供の心を動かしたのは、「成果(結果)」ではないかもしれないということ。
子供は、勉強に意味がないとおもうからしないわけでなくて、
勉強するのが苦手、勉強するのが面倒だ、苦痛だということから勉強しないんだから。
そもそも授業の内容すらわからない、教科書の内容すらわからないという状態だってある。
必要なのは、障害となっている問題を取り除くことなんだから。
子供の言い訳は、真っ当でも結局は屁理屈なことも多いわけです。
だって、言い訳なんて大人でもそんなものでしょう?
親は、子供のために、できることをすればよい
良いお手本をみせようと、できないことをやっても意味がない。親自身が勉強に向いてないのに、勉強を必死でやる姿を見せても、仕方がない。
親ができることは、愛情を与えながら、少しだけコツみたいなものを伝える程度です。
会社でも、評価してくれる上司より、理解してくれる上司のほうが人気があり、またそういう上司の下のほうがより頑張ろうと思わせるというのをよく考えてみれば、子供だって同じかもしれないって気づきますよ。
上司から、この程度もできないのか?、アホ・ボケとか言われ続けたら、それが激励の言葉のつもりでも、多くの場合は伝わらない。
子供は、親の真似をする?!
たいてい、良いことは真似しないけど、悪いことは真似するでも、子供は親だけを見て育つわけでないんですけどね。
そのために、学校教育があるわけだし、学校教育を軽視しすぎ。
さもありなんという論理は、都合よく勝手に取り入れられてしまうので要注意。
「親が勉強しないから、子供も勉強しないんです」とかいうのは、
勉強しない子供を持つ親にたいしては、かなりの破壊力をもつので、好まれるんだと思う。
そして、子供の立場の人たちは、自分たちのことを正当化できる論理なので、ホイホイ乗ってしまうんですね。
まあ、悪いことを真似するのは、悪いからでなくて、楽できるからという面も大きいかなと思う。
商売でも、悪いことしたほうが、楽して儲かるわけだし・・・。
家が居心地よくて、親がマトモすぎると・・・
逆に、勉強しようと思わない人もいるんじゃないかなぁ?とは思う。家の居心地が悪くて、親もなんかガミガミうるさくいので、
早く家をでて、自由になるための力として、勉強に着目して、勉強した人たちだって、過去にはいたんですね。
親は、子供に勉強してほしいのなら、痛みを生じるコストを覚悟すべき
自身が直接おしえるつもりなら、時間とかを犠牲?にしないとだめだろうし他の方法だと、お金を犠牲にしないとダメだとは思う。
子供のためになるのだから、犠牲なんておかしいというのは、この文脈では詭弁だと思う。
親がなんらかの苦労もせずに、子供の行動をかえさせることはできないだろうということだけの話です。
労力を惜しむ態度は、子供に勉強をさせるのは、たぶん、無理だと思う。
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