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障害児を産むのが恐い
好きな人との子どもは欲しい。子だくさんのあたたかい家庭を築いてみたい。
でも、どうしても障害者が産まれてしまう可能性を考えると決心がつかない。
障害者が産まれた場合、施設に永久に預けて親権放棄できる制度が出来ないだろうか?と本気で考えてしまう。
こんなことを言うと理想主義者に批判されるだろうけど、障害児は周りを不幸にする。これが現実だ。
家族から自由と金と自尊心を奪う。
産まれてすぐに判明すれば、籍を入れずに赤ちゃんポストを利用すればいいだろうけど、知的障害などで数年後に発覚した場合はどうしてもない。
障害児と縁を切れる法律を作って欲しい。そうすれば、3、4人産んでもいい(幸い今の会社は、産休育休制度が整っている)。少子化だって少しは解決するんじゃないだろうか。
https://anond.hatelabo.jp/20130613094716
人生で一番不幸なのは、「不幸な考え方」を持つことだと思う。
というか、「不幸な考え方」が、不幸な状態をより不幸にするだろうし、幸せな状態でもその満足度は最低限なものになりがちだと思う。
・都合の悪いことは、受け入れないのは、幸せだろうか?
別に理想主義者でもなんでもないが、人生においては、結構理不尽な目に合うことはある。それとどう向き合い、その後どう生きるかによって、また人生に違った楽しみができることもあろうと思う。
不幸を分かち合う幸せだってあるわけです。一人で不幸を抱え込むと大変だが、二人だと少しは気分が楽だとかそういうこともあるでしょう。
考え方、幸せの感じ方は、人ぞれぞれなので・・・
何に幸せをかんじるか?、どう考えるかは、人ぞれぞれなので、この手の話は私の価値観ならこう思うという感想しか出てこない気はする。理想主義者が、理想を大事にするのは、その考えを守ること、その考えに従って生きることが、幸せだと考えるからです。周りから不幸に見えても、当人たちの多くは幸せだったりするんです。
幸せになる考え方とはどういうものなのか?
理想とか人道的、倫理的とかそういう要素とは別に、そういうものは存在するということをまずは考えてほしいと思う。倫理とかを大事にする人は、大事にしてるからその路線なだけで、それが幸せにつながる考えかどうかとは直接関係ないんです。
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