仕事のやり方には、個性があるので、1つだけが正解ではない

仕事のやり方には、1つの正解があるわけでなくて、人の数だけ、正解があると思ってよいと思う。
ネガティブな属性を持っていても、優秀な人はたくさんいるという事実も見逃してはいけないと思う。

今の自分より仕事を出来るようになる近道は、
1.自身の特性を最大限に利用する
2.自身と似たタイプの優秀な人の真似をする
のがよいかと思う。

インテリなのに、非インテリ風の人の真似をしても上手くいかないのは明白なように
同じ系統の優秀な人を参考にしないと、無駄な努力をしがちになると思う。

仕事で優秀な人(先輩、上司)をみて、参考になることもあるが、自信をなくすこともあろうかと思う。自信を無くしてもよいが、優秀な人にもいろんなタイプ(個性)があって、参考にすべき人は自分と似たタイプの人でないとあまり意味をなさないというのだけは、忘れないほうがよい。


コミュ障だと、コミュ力がすごい力に見える

あるいは「俺は今までコミュ症だコミュ症だと自分で思ってきたけれど全然甘かった、本当にマジモンのコミュ症だしそれは治らない」と思い知った話。

とても仕事のできる先輩の下に付けられた。向こうは十年のベテランで、こっちは別部署で三年ぐらいのペーペー。
俺は机にじっと座ってPCとにらめっこ的な仕事がとても好きで(ミスが多いので得意とは言えない)、人に何か頼んだり相談したりというのが苦手〜普通くらいの感じの好き度だった。
業務としてのコミュニケーション


コミュ障っぽい感じでも、仕事できる人は結構いるので、コミュ障だからといって、絶望する必要さえない。

逆に、「基本能力」がないために、コミュ力をつかって仕事をしている人だっているんだから。
大昔?は、そういう人は揶揄されたりしたけど、いまはコミュ力があれば、基本能力が低くてもあまり揶揄されないだけだと思う。

自身の特性を最大限に生かしてるから、優秀なんだという考え方

確かにその先輩は本当にいろんな部署に話を通すのがうまくて、単に話が通りやすいとかいうレベルじゃなくて俺がちんたら説明するよりも短時間でより広範囲の部分が伝わってるって感じなんだよね。
つまり大変に効率的。
でも無理だ。その効率を達成する土台にあのイジリとしゃべりの才能が要るのは火を見るより明らかだ。俺はそれムリ。
そもそも人をイジるのって嫌い。なぜなら俺はイジられたくないから。学生時代最終的にイジメに転化したイジリを見てきたりしたのでイジる人ってのがもう関わり合いになりたくないレベル。当たり前だがそんなんだからイジるのもイジラれるのも著しく下手。



だってその人よその部署の人とだべってきた後で「忙しい身で無駄話してきたと思ってる?でもこれから○○の業務であそこにはお世話になるから、コミュニケーションとっとこうと思って」とか言ってるんだぜ!?


それに業務としてのコミュニケーションってのがその先輩と俺とで定義が違いすぎる。あんな親しく楽しそうに話してて実はその陰に目的があるってのがもうなんか無理。
業務としてのコミュニケーション


僕は、その先輩は、好みではない。
まず、無駄話の種明かしをするところとか、いじる?とか、仕事を根回しと政治だと思ってそうなところとかが好きではない。ちょっと自信過剰気味なところがある人が、僕の場合は多かったので特にそう思う。

ただし、優秀な人と仕事をするのは、楽なので、好みでなくても問題は無いんだけど。

この手の優秀な人も、実は優秀でない部分もあるということは、もう少し観察すればわかるかと思う。
つまりですね、自分の得意分野を最大限に利用して、仕事を効率的に?優秀に?処理しているだけだということです。

自身の特性をよくしり、それを最大限に生かせて、かつそれが通用する職場だから、優秀なだけだと言えましょう。

この人しか優秀な人を見たことがなければ、これが最善の方法にみえるだけで、
別に、無駄話も根回しもあまりせずに、この人と同じ結果を出せる人も実際にはいると思う。

初対面でも人を信用させる力とか、根回しなしに相手の心をつかんで説得できる力とかこれとちがう優秀さというのはいろいろあるわけです。

情(義理人情)に訴えるのが上手くて、仕事を円滑に出来る人もいれば
論理に訴えるのが上手くて、仕事を円滑に出来る人もいるというだけの話なんですね。

どちらの方法も、人間関係を作っておいたほうが有利に働くけど、
論理の方が、人間関係に依存しにくい部分があろうかとは思う。

無駄話しなくてもよい方法というのも、あるにはあるけど、
無駄話して人間関係をつくって、情(義理人情)で仕事を動かすタイプには無理な方法だというだけだと思う。

コミュ障だからこそ、武器にできるものもある

コミュ障の人すべてがそうだとは思いませんが、コミュ障の人が意外と「誠実さ」があるように相手に印象付けるのは得意な感じがします。

政治系、根回し系は確かに素晴らしい能力なんだけど、
Give&Take的な関係になりがちで、
その方式では通用しない場合において、かなり不利なんですね。

そういう場合に、「誠実さ」系で押し通せる人だと、有利になる場合もあります。
「信頼」と「信用」という武器ですね。

派手さのある人を、優秀だと思いがちだけど

派手さがない人でも、優秀な人は結構いるというのを見落としがちだと思う。

仕事の役に立たない、本当の無駄話の場合もあるよ

無駄話しながら、人間関係を作っているといわれればそうかな?と思う時もあるが、
本当に、無駄話している人たちもいるので・・・。

無駄なことをしていても、結果をだせば、無駄だとは周りから言われないってだけの話の場合もある。

当人は、無駄話で無くて人間関係を作っていると信じて行動しているので、無駄だとは思えない、思わないというだけで、周りから見たら、またうちの上司(部下)は無駄話して、肝心なことをしてくれないと思ってる場合も多々ある。

メールの返事に30分以上かけるとか
電話の応対に30分以上かけるとか
周りからみたら、時間の無駄なんだけど、
当人は、人間関係作る大事な仕事だと思っている場合が多いというだけの話。

で、実際に無駄かどうかは、評価しにくいという場合があるわけですね。
客受けがよいというのがあれば仕事には役立ってるけど
そのためにほかの作業の支障になっているというのがあればという話。

優秀でないという反論は簡単で、
10分程度で処理できる優秀な人はたくさんいることを示すだけなんですが、
でも、それだけでは完全否定はできないとは思う。

そのあたりが難しいところで、
無駄が生む「信用」「信頼」というものがあるとは思う。

お客さんの中には、長時間付き合ってくれるというだけでも信用する人たちがいるんですよ。
同じ情報をやり取りしてるだけなのに、10分でなくて、30分も時間を割いてくれるというのが理由みたいなんですが、僕にはちょっと理解できません。

逆に、
コミュ障が生む「信用」「信頼」というものも同様にあるわけです。

無駄だとかコミュ障とかが、そういうものを生み出すということなんですね。
要領が悪そうだと、誠実にみえるっていうだけの原理だと思うますけど。

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