労働者が気を付けたほうがよい「クソ論理」

自分以外の立場から見て、働こうという観点はイイと思うんだけど、
もう使い古されていて、たいていそういういうことを言う人たちは、クソだとおもってもイイかと思う。

経営者視点で、働こう

ボーナスの査定が出て、本年度の総支給額が増え目出度く900万を超えることになった。
社会人になってから7年だから、長くかかりすぎだろう。リクルートの新卒なんて新卒で1千万だってのにw
給料が低いし上がらないと嘆く人の多い世の中だけど、「上がらない」と聞くたびに失笑しそうになる
そりゃ上がらないよw
経営者の立場に立てば、給料を上げるために手を打たず、業績と共に勝手に上がる事を期待して
政治や経済に文句を言ってる奴なんて奴隷と変わらないという事に気づきそうなもんだけどね
給料は増やしてもらうものではなく、自分で増やすもの


経営者でない人の「経営者の立場」発言は、たいていは労働者の視点でしかないことが多いので意味がないと思う。

そういう人の発言は、結果論でアレコレ論理を組み立てる。
そして、具体性がなくて実際にどういうことをやればよいのかを示せない。

結局、目の前の仕事をきちんとやると以外で、評価される方法はあまりない。

上司の立場になって、働こう

上司の立場になってと言いだす人たちも、たいていクソ。
立場になってじゃなくて、上司の顔色伺いましょうといえばいいだけの話だと思う。

まあ、上司に嫌われるより、好かれたほうが評価されやすいってことはあるけど、
好かれてるけど、仕事ができないひとは、やっぱり評価されないという厳しい現実がある。

上司もかわいい程度では、上乗せできる程度が知れてるってこと。

お客さまの立場になって、働こう

利益を生まない客は、客でないという論理が必要なもの

会社の為に、職場のみんなの為に、働こう

こういうのはなくなりつつあるが、
これの変形系が、
会社に迷惑をかけない、職場に迷惑をかけないという論理だと思う。

仕事に、必要なのは「やりがいだ」

「やりがい」というのは便利な言葉で、いろいろなものを含められるという点がクソ

やりがい->報酬
やりがい->仕事の内容
やりがい->仕事の評価
やりがい->お客様からの感謝
やりがい->人から必要とされている感

「やりがい」理論のばあいは、たいていは給料(報酬)以外の面にスポットを当てられることが多いのもクソ

権力に使われているのに、待遇が良い程度で、権力者気取り

一番クソなのはここ。

人事部の人たちの勘違いを見てみればよくわかると思う。
人を評価するとか、採用するとか言う立場なので、勘違いしだす人は結構いる。

こういう人は会社にはいらないとか平気でいうんだけど、
会社の従業員たちの間では、実は人事部が一番邪魔で、必要ない部署だと思われててることも多い。


ちょっと報酬を多くもらえるようになった、ちょっと出世して立場が変わった人も良く陥る。
なんかすごく上から目線で、物を語れるようになるのがすごいなぁと思う。

言ってることは正しいかもしれない

正しくても、役に立たなければクソ。

そういう観点で、「正しさ」を切り分けたほうがよいとおもうけどね。

「正しい」か「正しくない」かで判断してはダメな場合もあるということを知ったほうがよい。
なぜそうなるかというと、「正しさ」というのは実際には相対性があるもので、価値観によってモノサシがかわるからという単純な理由だと思う。

しかし、「正しさ」=「絶対性がある」と思い込みが、判断を狂わせる場合があるってことです。

役に立たない系の「正しさ」は、意外と心の支えになったりするという点では、役立つと思う。
選民意識っぽいものが刺激されるのものは、特にそういう傾向がある。

正しくても役に立たない物は、捨てる勇気を持ったほうがよい

正しさは、人を縛りがちなので、必要ないものは捨てたほうがよい。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。