左翼・右翼などのレッテル貼っての批判は、短絡傾向にあると思う

よくはてブやツイッターなどでメタ視点で「これは良いリトマス試験紙」という発言を見かけるけどこういう勝利宣言ってバカみたいだよ。
http://anond.hatelabo.jp/20130616155951

・メタ表現
・レッテル貼り

表現手法はほかにもいろいろあるけど、結局はそういうのは、わかりやすくするという目的に使われているわけでないので、結果としては短絡的な感じがすることが多いと思います。

無意識の目的

批判をしたり、何かを排除するのには、「レッテル貼り」や「メタ表現」というのは、一番手軽で、賛同者を集めやすいやすいんですよ。

それは、属性を批判していて、(細かい)内容なんか無視させるという効果があるためです。要は、邪魔なやつを効果的に排除する手段としては有効だからだと思う

右翼?左翼?

左翼・右翼と言っても、政治的にと経済的にというのがあるのさえも知らない人たちがいるわけです。そういう状態だと、特に、レッテルをはって排除したりするのには効果的なんですね。

政治的には、左だけど、経済的には、右とかも普通にあるわけです。

また、リベラルと言っても、昔は左寄りだったけど、今は右寄りの傾向がたかいという感じで、リベラルでさえ、時代によって違うものを指してるわけです。


暴言?!

正しいことを言っていれば、暴言でないと考えている人も多いが実は、それされも間違いかも。

正しいというのは、非常にあいまいなので、 それだと自身の考えと同じかどうかとか、世の中の一般的な考えに近いかどうかという意味合いを「正しい」というものにすり替わってるのかもしれないから

こういう傾向があるのは、こういう人が多いと思う

何かのテンプレートなんですかね。

共感を得られそうなことを書いて、最後にちょこっと、それまでの文章と関係ない属性のものがでてきて、さり気に貶める?感じのやり方は・・・。

このやり方の文章を読むと、最後の部分に賛同できないだけなのに、最初の部分も否定しなきゃ?という気分にさせたるするのが不思議な感じはする。

もちろん逆もあって、やっぱりこういう属性の奴はこうだなということで、共感が倍増するとかいうのもあるでしょう。

メタ表現やレッテル貼りの手法というのは、こういう単純な心理を利用したものだと思う。


表現手法というよりも、その使い方が悪いだけなんだろうけど

わかりやすくするとか、単純化するという手法は、内容のほとんどを切り捨てることなので、どうしても短絡的な方向に向かいがちだと思う。

「これは良いリトマス試験紙」という表現で、判断基準に使える指標だという意味でつかわれてることはほとんどなくて、馬鹿発見器だといってるのと同じだと思うので、遠まわしに、馬鹿といってるのと同じだからでしょう。

ここで、そんなことを書いていない(言っていない)ということも言えるんですが、それは、文章から受け取れる文意というものをわざとごまかしてるだけのことが多いのです。

メタ表現やレッテル貼りは、ずるい逃げ道があるので、排除や批判目的に使いやすいと思います。

そんなことは書いていない

逆に、書いてない内容を、メタ表現やレッテル貼りをつかって、さも書いてそうな感じにミスリードさせることも可能なわけですね。

メタ表現やレッテル貼りは、隠語みたいな効果もあるので・・・・。

共感を使った誘導

一部共感させて、全部を共感させたかのようにさせる方法。

人格批判とかそういうのも似たようなもの。

・現場を知らないから
・社会に出たことがないから


とかそういうのも、使い方によってはそういう効果がある。境界ラインが難しくて、現実問題、なかなか判別しにくい部分がある場合が多いとは思う。

大人たちのほうが、子供たちよりも不毛で馬鹿なことを繰り返してる気も・・・・。

逆に批判された場合は・・・

相手しないのが一番良い気もしますが、相手する場合は、重要な1点だけについて、最初から最後まで首尾一貫して主張を続けることです。細かい部分いこだわったりしてはダメです。


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