他人の便利さにNOっていう人、他人の不便さにNOっていう人

他人の便利にNO!と言いたがる人たち - おのにち

タイトルだけしか見てないけど、逆方向でも一緒じゃないかなぁと思うけどね。

楽したらダメだという勢力がある一方で、
昔ながらの不便な方法を気分良く使っている人たちに、馬鹿だみたいなことを公然と言ってくる人たちがいるんだけど
どっちも、メンタリティ的には同じなんじゃないの?

他人のことなんでほっといてくれっていう論理があるのなら、どちらにも適用しないとダメですよね。

結局は、世代間ギャップもあるかもしれないけど、勢力争いみたいな要素もあるんじゃないかなぁと思う。
多様な価値観を認めましょうとか言ってるけど、世の中は実際には多様性でなくて、何らかの流れを求めてることのほうが多いと思う。

反語表現もたちわるい

他人が「便利になる」こと、「楽をする」ことは悪いことなのか。
本当にデメリットはあるのでしょうか。何事も昔のままが一番なの?
他人の便利にNO!と言いたがる人たち - おのにち


電卓使って学校の宿題したらわるいの?から、いろんなものがあると思うけどね。
あと、なぜ勢力争いがおこるかといえば、多数派になればデメリットがあっても、存在しないのと同じことになるからとかそういう心理的な作用もあると思う。

災害時にスマホぐらい使えないと困るとかいうのと
災害時に火ぐらい自分で起こせないと困るでしょうでは
大差ないと思うんだけど、

多数派のほうがなぜかいろいろ有利というか、おかしくても正論になりやすいと思う。

伝統を守るというのは、不便さを守ることにつながってることも多いと思う

なぜ、不便なのに伝統は守らないといけないの?とかいうのをぶつけてみたらいいんですかね?

もう、あれこれ正当化する論理を作成しなくても、でもって反論して論破しなくてもいいんじゃないの?と思う。

正当化と論破は結局は、一方が正しいということをいってるのと等しくなり、勢力争いと変わらない状態になる。

若いころに便利さにNOといわれたのに

年取ると逆に、便利さにNOをいうほうになるっていう人が多いと思う。
それはなぜか?といえば、自身中心の考えなので、自身の立ち位置で正義が変わってくるだけの話だと思う。

こんなの会社の新人関係でもありますよね。
新人自体、最近の新人はといわれ続けてたのに、
数年たったら、今年の新人はとか、私の時はそんなんじゃなかったって平気でいいう人達、続出と・・。

新人の頃、いろいろ文句言ってた人ほど、逆の立場になったら、同じことを新しい新人にしてしまうというのも似てるような。
自身の立ち位置が、新人でなくなったら、もう新人のことなんてどうでも良いんでしょうよ。

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