「エビデンスが全て」と思っていると、リテラシー的にはダメと思う

それは、
あの人が言ってるから正しい
過去、あの人が正しいことをいっていたので、今回も正しいはずだ
というのも、リテラシー的にはダメと思う

啓蒙活動?というのは、あまり役に立たない感じはするけどね。
もともと、正しいと思っている人しか、共感しないわけだから。

あなたたちには、その啓蒙用の記事?なんていらないでしょうという人ばかりが、ブックマークしてたりするわけで。
(実際は、みてないので僕の想像)。

あと、みんなちょっとおかしいなぁと思っていても、正面切って言わないだけのこともある。(その手の人は、マトモそうなんだけど、ちょっとずれてるかそういう感じ。)
どっちにしても相手にしても、無駄な感じ。

信じたいものを信じたらいいんじゃないかなぁ。
正しいから、こっちを採用しろという強制力を行使できない限りは、助言しかできないわけで、選択権は助言する人にはない。

助言する人に選択権がある場合は、そこに責任が発生する。選択が正しくても結果が芳しくない場合は、責任を問われるかもしれない。選択が正しければ、結果責任を問われないというのは、正しさ(正義?)に溺れ過ぎだと思う。

だからこそ、選択権がないんだと考えるべきなんじゃないかなぁ?もちろん、自由意志とか人権とかいう考え方でも、助言する側が選択権がないということは説明可能だけど。

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