「反知性」というのは、幻想なんじゃないかなぁ

はてブは有意義なコメントで考えさせられるだって。
100文字制限のあるはてブを知性があって読み応えがあるとか言ってるのは、
新書なんか長くて読めませんと言ってる反知性主義そのもの。



はてブコメントでは議論が交わされていますだって。


まさか、twitterも文字制限があるだろとか言わないよな。
twitterははてブよりは文字が書けるが、
はてブと違うのはtwitterはツイートを連続してつなげられるわけ。
はてブは反知性主義の場


議論してるからといって、「反知性」でないとも言えないと思うけど。

はてぶもTwitterも
論理的で客観的な発言でも
知性なんていえるのは、本当はごくわずかなんじゃないかなぁと思う。

という状況下で、知性的でない=「反知性」という話なら
多くのものが、本当は「反知性」になるはずなんだけど・・・。

というんことで、僕は、「反知性」というものが実は幻想じゃないかと・・。
文系は非論理的だとかそういうのとにたような幻想だと。

ある価値観が正しいとして
それに反するものは、「反知性」というレッテルを貼り付けているだけのような。

「反知性」に「狂気」の意味合いを持たせているような。

しかし、狂気というのは、正しさからも生じるし、知性派の人たちの狂気というのはあると思う。
まあ、正論ぶつけあうというのも十分、知性派の狂気では?

反知性というレッテル

 「最高のエンブレムを送り出すため、小さな不公正を隠れて実行した」。調査チームが行った延べ27人計32時間に及ぶ聞き取りでは、こうした声が聞かれたといい、調査チームは「『結果第一主義』にどっぷり浸かった仕事の進め方があり、現代の組織委に全くそぐわない」と批判した。



【五輪エンブレム見直し】密室の裏工作、審査映像にくっきり 「嘆かわしい」「応募の労作に不誠実」(2/2ページ) - 産経ニュース


例のエンブレムで、批判的?なことを書いていたら、「反知性」扱いされてた気が・・・。
で、そういう扱いをされるのはまあいいとして、現実問題、「反知性」と言われていたほうの主張もある一定の範囲でマトモなところもあったと思うんですね。

でも、「反知性」というレッテルを貼り付けていた側は、現状どうしているか?なんですけどね。

つまり、「反知性」かどうかというのは、論理的かどうかとかじゃなくて、言ってることが正しくなかったときにどのように処理できるか?という部分にもあるんじゃないかなぁと思う。

・・・

はてブは反知性主義の場

俺は割と的を射てると思うけどなあ「反知性主義(はんちせいしゅぎ、英語: Anti-intellectualism)とは、知的権威やエリート主義に対して懐疑的な立場をとる主義・思想 」

2015/12/20 17:28

はてブは反知性主義の場


反知性主義とは本来、反知識人主義のこと。インテリと大衆の意識断絶が引き起こす問題が噴出する時代において、時事に対する短文感想の集積場が可視化されてあることは、意味があると思う。

2015/12/20 13:23

なるほどと思ったけど
でも、本来の意味はまあ重要だけど、実際に使われている意味も大事かなぁと思う。

はてぶ批判的なことをすると

反感買うのかなんか辛辣?な言葉が投げかけられるような。

「論理的でスキがないんだけど、でも狂気を感じる」

これって、十分、僕の価値観では、「反知性」だと思うんだけど。

その前にさぁ、知性って、多様な価値観を許容する態度にあると思うんだけど、
「反知性」という言葉と使われ方って、それに反する使われ方をしているような。

つまり知性派が、多様な価値観を認めない態度をとっているという、「反知性」的な側面があると・・・。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。