年上を老害と決めつけられない若者には、未来を託せない

そういうときに、オヤジたちは間違っている。こいつらから学ぶことなんかない。俺たちが正しいんだ、の一点張りでコミュニケーションを拒否するというのは、どうなんだろうね。そうやって粋がって、本当に生き延びられるのかね?それとも、切羽詰まった時に、生活保護にでも頼るのかい?
「最近の若者が…」より年上の人を老害という貧しい言葉でののしる若者の方が罪深い


オヤジたちは、変われないのではなくて
既得権をまもろうと必死になってるから、変わりたくないんだと思うんだけどね。

若者には、既得権がほぼないから、既得権を守りだしている年上たちは、老害でしかないわけです。

別に年輩が、良い助言をしようが、良い話をしようが、既得権を手放す気がないという行動をとる限り、キレイごとに過ぎないんですな。

最近の若者は自主性がないとか、行動力が無いとか言って批判していても
自分たちが老害のレッテルを貼られて、排除されかけると、
その自主性も、行動力もみずに、批判するわけです。

若者が、老害に困っていても、面と向かって言わないのは、
たんに、権力に逆らったら、生きづらいとか損するのが分かってるから黙ってるだけで、

年上でも利害関係がないとか、その人に力がない場合は、容赦なく老害って言われるとおもうけど・・・。

そもそも、「著名人」とかいう認識の仕方が、たぶん、老害だと思う。
この手の発言者は、僕は老害のことが多いと思う。というのは、その内容で評価されるのでなくて、著名人だということで評価される傾向にあるから。

若者にとっては、イイことをいってるか、それともくだらないことをいってるかしかなく、著名人だというのは、そうなんですねという認識なのかもしれないなと思う。

年上が、著名人だからとかそういう権力・実績?を大事にするのは、たぶん、既得権と関係ないとは言えないと思う。既得権を持った同士が、お互いに守るためのシステムなんだと思う。

その証拠に、若者には厳しくても、若者とにた同年代には甘いという傾向があると思う。
それは、若者とにた同年代は脅威にならないと思っているからだと思う。もうすでに既得権の争いは同年代ではついているので、若者と比べてその脅威を意識することはないんです。

物分かりの良い若者が、世の中をよくすることは出来ない

現状を、良い意味での悪い意味でも維持するのには、物分かりがよい若者は最適だと思う。

なぜ、年上は老害かといえば、
年上の人たちが今の世の中を作ってきたのに、
なぜか、最近の若者が悪いことにしたがっている感じがある点で、もうかなりダメだと思う。

今の社会の問題点を作り出した張本人たちが、あれこれえらそうなことを言っても、説得力がないわけですよ。
若者にとっては、特にそうだと思う。

過去(歴史)に学ぶことができるのなら、年上の話なんてそんなに必要ないと思う。

年上の人たちは言っている話って、どこかの本に書かれているような内容なわけだし・・・。

あと、年上の責任意識のなさというのも、かなりダメだとおもうけどなぁ。

年上の方が、心が広くないと・・・

「上がりを決め込んでいるオッサンたちは、今すぐ必死で貯め込んできたモノを捨て、彼らと一緒に新たな楽園に旅立つ決意をしてください。これが、俺からの要求です。受け入れられなかった場合には、じきに既存の価値観は失われ、あなた方の思い描いた楽園も喪失する」
東のエデン - Wikipedia


それでも、若者は、年上を大事にしたほうがよいかも

人間として、大事にしたほうがよいという意味であって、
それ以外で、大事にする必要はないかなぁと思う。

年上だからと言って、若者に対してひどい態度をとるのはよろしくない様に、
逆も、ダメなんじゃないかな?程度の話。

本当は時代遅れで、大して参考にも勉強にもならなくても、勉強になりましたって言いておけばいいだけかも。

部下を育てるのが下手な上司が多い今時において、
年上の人の話がどの程度役に立つんだろうって、普通は思わないのかな?と思う。

そんなに役に立つ話をできるのなら、部下を育てたり、部下の信望を集めたりできないのも不思議なことだとも思わないのかなぁと思う。

確かに話が出来るだけで、実践できないってことはあるだろうけど、それでもちょっと変な感じ。

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