暴言はダメだけど、子供たちに思想や考えを強制はできないとおもうけどなぁ

 長崎原爆で被爆し、語り部として活動している森口貢(みつぎ)さん(77)=長崎市=が5月、修学旅行で同市を訪れた横浜市の公立中学校3年生の男子生徒5人から、「死に損ない」などと暴言を吐かれていたことが分かった。森口さんは学校に抗議し、校長が電話で謝罪した。被爆者団体は「生徒たちに学ぼうという気持ちが足りない」と嘆いている。


 長崎原爆被災者協議会の山田拓民事務局長は「自ら学ぼうという気持ちが足りなかったのでは。事前学習を含めた学ぶ姿勢が大切」と話す。被災協は修学旅行生らに年間600回ほど証言活動をしている。集中しない生徒はいても、邪魔されたことはないという。

ただ、1997年には長崎市の被爆者の男性(当時65)が被爆体験の一人芝居の上演中、修学旅行の中学生からやじられたり、キャンディーを投げつけられたりするトラブルがあった。

今回の問題について男性の妻(79)は「やってしまった後が大切」と話す。男性のケースでは生徒数十人が謝りに来て、男性は「水に流そう。人の痛みの分かる人になって下さい」と応じた。その後、生徒たちの生活態度が改まったと聞き、救われたという。「生徒たちがしっかり反省し、気持ちを森口さんに伝えることが大切」と指摘した。(山本恭介、岡田将平)
修学旅行生5人、長崎の被爆者に暴言 横浜の中学校謝罪:朝日新聞デジタル

修学旅行で原爆?関係のところに行って、いろいろ勉強するのって
子供心に、ちょっとおかしいというか、
大人たちって傲慢だなと子供心に思ってたんですね。

・被爆者に「死に損ない」 と発言した
・老人に「死に損ない」と発言した

たぶん、新聞記事にしても、前者は取り上げるけど、後者は取り上げないんじゃないかな?と思う。

何かの被害を受けた人に投げかける言葉というのは、言葉以上の意味がある場合があるので同じだとは言えないけど、子供から見たら同じなんだろうなと思う。

そのあたりを大人たちがうまく説明?教育?できてるのかな?と思う。

「悪いことをしたら、謝罪させる」みたいな単純な論理でやってたら、教育の意味をあまりなしてないと思う。

子供の立場に立てなくて、相手の立場に立って考えろとは言えない気が・・・

>原爆で多くの児童が亡くなった話を始めようとした際

一部の生徒というか多くの生徒は無理やり聞かされてるわけで、そのあたりを「長崎の証言の会」?の人は良く分かっていないと思うんですね。周りが、腫物を触るように接することが多いから。

でもって、学校が企画して、学校が「長崎の証言の会」に依頼してるだけで、生徒たちが自ら進んで、依頼してるわけでも何でもないという点も理解できていないのではないか?と思う。

学校(先生)は、時間をとって貴重な体験を話してくれるんのだから感謝と尊敬の念をもってとかいうわけだけど、積極的に生徒は聞きたいわけでもない。

そもそも、大人たち?世代?がおかしたダメだった点?を、後世に伝えるという話のはずなのに、立場がそういうそういうものでなく、上から与えてやるみたいな感じだとおもうんですね。特に学校のスタンスは・・・。

学校(先生)世代も、もう当事者でもなんでもないと思うので、昔よりはもっと微妙だとおもうけど。

反省よりも、その意味するところを理解させないとダメなのでは?

今回の問題を起こした生徒に必要なのは、反省でなくて、 状況によっては、同じことを言っても、問題の大きさが違うということを認識させることじゃないかな?と思う。

だって、生徒からしたら、原爆落としたのも、戦争をしたのも、自分たちじゃ全然ないんだし、教えてくれともいってないのに、こんなに悲惨なことがありましたみたいな話を聞かされるわけだから。

暴言はいけないけど、過失度合いに応じた対応が必要な気が・・・

ちょっと暴言を吐いた程度で、犯罪者扱い(人間失格)?ってかんじだし・・。
もっというと、そういう態度の人たちがいるから、戦争が起こって、そういう悲惨なことが起こるんだみたいな論理まで展開されそうな勢いな気がする。

でもですねぇ、悪いことだと言え、しょせん暴言程度なんですね。

所詮とは何事か?というのは詭弁だと思う。

そもそも、分かり得ない、価値観の違う人とも、なんらかの形でうまくやらないと戦争になるとも考えられ、そういう相互理解とか、相互交渉?みたいなものがないところを無視して、

力や倫理で押さえつけて、表面だけ取り繕うのは、結局はダメなんじゃないかなと思う。

全然ダメだとはいわないけど、力で押さえつけらることができる間は、平和だということですね。

思想や考えを強制はできないが、失礼な態度をとってもよいというわけではない

その程度というか、それ以上のことを要求するのはどうかな?と思う。

まあ、形だけでも謝罪してというのも、一つの大人のなり方だけど、それはまたなんか違う気が・・・。

別に誰が悪いのか僕にはよくわからないが、
その悪さを、子供たちだけにすべてを押し付けるのは、ちょっと違うかなと思う。

大人たちの責任?は大きいと思う。

そもそも義務教育って、子供が教育を受けなければいけないという義務じゃなくて、子供に親(親権者?)が教育を受けさせないとダメだという意味での義務であるのを考えればわかると思う。

まあ、ふざけた生徒?には、こういう論理でなくて、力でわからせないとダメなこともあるとは思うけど、でもそうする前に考えるべきこともあろうかと思う。

マトモな大人に比べれば、子供なんか素直なもんですよ

いまどきの中学生なんていくら説明したところで、「ふ~ん?、で?」で終わるのが目に見えてるのに、修学旅行でそれをやることが間違い。
道徳とか(いや、真面目に学校側がやってるか知らないけど)社会の授業の時に小話程度で説明すればいいのに。
「楽しかったねー」をしたい生徒たちに被曝がどうのこうの言ったって、さっさと終わらせろと思われて当たり前。


今の時代に良心、常識を持った中学生、高校生がどれだけいるのか、バカッターでよくわかってるはずなのに大人は何を期待してるんですか?
いい加減に理想を捨てたらどうですかね?
中学生に原爆とか障害について説いたって無駄

僕は、無駄だとは思わない。

良心・常識というのは、大人の対応ができるかどうかであって、
実際の「心根」がどうかとは別物だとおもうから。

適当に、真面目に聞いてるふりして、それなりに戦争っていけないことですよねと言っておけばよいと思っているさめた中高校生よりかは、暴言はいた中学生のほうが、ある意味、素直なのかもしれないとも考えられる。

まあ、大人から見たら、バカとしか言えないわけだけど。


スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。