それらしい人生論に、コロっと騙されちゃう若者たち

騙される若者を必要以上に心配しなくても良い

しかしですね、自身の考えと相いれないものは、たいていは受け入れないですから、騙されるというよりかは、自身の考えを強化してしまう程度で収まることが多い気がします。

だから、必要以上に心配することはなく、ある程度は若者を信じてあげればよいのかなと思わなくはないです。

それは、占いで人生の大事なことや些細なことを決める人たちも似たようなものです。
心配しなくても、占いで決めてるように見えて、自身で決めてるのです。

単に、後押しがほしいだけで、それが占いであったり、人生論だったりするだけかと思う。

世の中の固定観念に縛られると、コストが高くなる可能性がある

世の中には、やたらとバランスをとりたがる人がいる。

食べるものやライフスタイルについて、何かひとつに偏ることを嫌い、常にすべてをちょっとずつ盛り込もうとする。得意科目と不得意科目があると、不得意科目の克服に時間をかけ、全科目、バランス良くできるようになろうとする。

でもあたしは、「バランスとるなんて、ロクなことないよね。そんなもん気にせず、どんどん偏った方がいいよね」って思ってます。
バランスなんて、とる必要ないです - Chikirinの日記

「バランスなんて、とる必要ないです」ってタイトルで、さも人生を達観したかのように
1つのことにハマるほうが幸福感がある、なんてドヤ顔で書き殴ってるけど
1つのことを掘り下げ続けるよりも、バランスを取るほうが豊かになる可能性もあるんじゃないの?
凄いと思える人はバランスが崩れてるって言ってるけど、それはあなたの狭い出会いの中でのはなしで
むしろバランスが取れてるからこそ凄い人なんて腐るほどいるよ?
ちきりんって人が有名だと聞いて日記を読んでみたんだけど何が凄いの?

僕が思うのには、バランスをとるという戦略はコスト的に損だということです。

好きなことよりも、得意なことを仕事にしたほうが、多くの場合、稼ぐためのコストが安いことが多いのと同じかと思います。

世の中では、好きなことは嫌なことがあっても頑張れるから、好きなことを仕事にしなさいとかそういうことを言う人たちがいますが、実際は、得意なことを仕事にしたほうが幸せになれるかもしれないということです。

それはバランスにも言える話であって、下手にバランスをとるよりも、取らないほうが有利なこともあろうかと思います。

簡単な話で、倫理観を少し下げるだけでも、ホント、楽に生きれますし、また稼ぎやすくなります。


世の中の人がいう話は、「きれいごと」が多くて、それを真に受けて信じるとコストが高くなりがちなんですね。

で、なぜ世の中の人たちが「きれいごと」をいうかというと、社会が住みよい環境であることが自身にとって快適だからです。社会がよければ、他人が不幸になろうと、苦労しようと関係ないんですね。

これは、マナーとかモラルとかそういうのを考えてみればよくわかるかと思う。


多くの人は、実は考える力があまりないと思う

考える力には(生まれつき)個人差があります。

他の能力と同じように、つまり、走る力とか、歌う力とか、香りを嗅ぎ分ける力などと同じように、生まれつき、それが得意な人と下手な人がいるんです。
考える力の弱い人へ - Chikirinの日記

僕をはじめ、多くの人がそうなのではないか?と思うんですね。

「考える力」というのは、「人や世の中に騙されない力」だと僕は思うわけです。

だから、学歴とかとか直接因果関係がないものだと思うわけです。


で、何がすごいの?

「人の心を揺さぶる」ことをかけるところじゃないかな?と思う。
信者?にとっては心地よいゆさぶりであり、そうでない人にとっては、なにか一言言わないと気が済まないような揺さぶりなんじゃないかな?と思う。

この「心を揺さぶる」という刺激は、習慣性とか依存性とかある気がする。

人をだますのにも、「心を揺さぶる」というのは有効な手法の一つだったと思う。

逆に「心を揺さぶられる」時は少し注意したほうがよいのかもしれないと思う。

感動話とか人情話とか美談とかも、結構、都合よく何かに利用されがちな世の中だし・・・。

ここで、「素直に感動できない人って悲しいね」とかをぶつけてあげれば、その構造がよくわかるかと思う。

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