「生産性が上がっても、給料を上げたくない」=「生産性の概念の欠如」

「生産性の概念の欠如」がたぶんもっとも深刻
ちきりんの話(火元)
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20131015
どっちかってーと、追記のほうが本質がギュッと詰まってるからそこだけ読め
>今日のエントリに関して、「生産性を上げても、給与が上がるわけじゃないから(生産性が)上がらないのだ」という意見も多いけど、そうとは
>思えない。だって、生産性の概念がきちんと根付いてる日本の製造部門だって、生産性上げても給与はあがらないでしょ?


脱社畜の人の話(類焼)
>生産性を上げた人を正しく給与面で評価しないと、そもそも人は生産性を上がる気になりません。
http://anond.hatelabo.jp/20131017181110

相変わらず、禅問答が繰り返されてる気がするわけですが・・・・。


生産性の定義なんて関係なくて、「生産性が上がっても、給料を上げたくない」という部分があるからこそ、結果として、給料が上がらないんだと思うんですね。

ホワイトカラーで、10時間労働が8時間労働にできた場合に、じゃぁ給料はどうなるの?といえば、前のままか、逆に下がりかねないと思うけど、違うのかな?

いやいや、実質給料があがってますよ、時間単価計算してみてください。確かに上がってますよね?ということがあったとしても、それは多くの人が望む給料が上がったことにはならないと思う。

でもって、8時間労働で済むようになっても、残りの2時間でもっと稼ぎましょうという感じに、経営者が仕向けると思う。で、周りがそうなれば、すぐに上がった生産性は、すぐに周りの平均値と同じになるので、そうそう給料は上がらない。

この周りは、会社内でなくて、業界とか世界でもよいと思う。だって、資本主義なんだからそうなるでしょう?

労働時間が長いのは、もう日本人だけでなくて、アメリカ人だってかなり長い部類に入ってると思う。たしか、そういう調査結果もあったと思う。

生産性の向上=人件費の抑制

ホワイトカラーの場合、明らかに生産性の向上は、人件費の削減になるわけです。

生産性の定義なんて、その業種や仕事内容であまり問題にならない感じの定義にすればよいだけで、それで評価すれば問題なかろうと思う。

でも、最終的に給料を上げたくないとなると、ホワイトカラーの場合は生産性の定義が難しいとか、生産性という概念はそぐわないとか言い出すだけだと思う。

労働者の意識が低いのか?

労働者の意識が低いとしても、その理由は経営者側にもあるわけです。それは、意識が高いと困ることがある場合は、意識を低くさせる傾向にあるんです。

まあ、最近は物わかりのよい労働者も増えて、経営者視点で考えられるとかいう感じだけど、それって単に経営者の都合のいいことにイエスと言ってるだけのことが多いと思う。

物価が上がっても、給料が上がらないかもしれない

似たような話に、景気がよくなっても、給料が上がらないかもしれない。

ニュースのどこかの専門家?のコメンテータが、そんな話してましたけど(^^;

まあ、今までの経済の常識?論理?が、ここ数十年で、ガンガンつぶれてますし、そういうこともあり得るでしょう。


頑張って、働いたら負けかな

企業が談合をしたがるように、労働者だって談合してもいいんじゃないかな?という気もするんですね。

適度な競争は良い結果をもたらすかもしれないけど、適度でない競争は結局は給料を下げる効果しかないかもしれないから。

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