仕事の出来ない父親でもいい

その結果、下の子を流産した。
安定期に入ってからの流産で、検査の結果、胎児に異常はなかったし、子宮の感染などもなかった。
おそらく、過労が原因だ。

次に妊娠することがあったら、胸を張って「仕事の出来ないワーキングマザー」になろうと思っている。
「これだから女は」と罵倒されてもいい。命には何も変えられない。
私が「使えないやつ」のレッテルを張られることで、赤ちゃんの命を守れるのなら、安いものじゃないか
http://anond.hatelabo.jp/20130427203735

その人にとって、本当に大事なものを守るべきじゃないかな?と思う。
逆にいうと、本当に大事なものを見失ってはいけないと思う。


実は、周り(社会)は無責任で、身勝手なんですよ。でも大義名分とかつけてそれらしいことをいって正当化してるだけの話。

でもって、周り(社会)は弱いところには厳しいが、強いところには甘い傾向にもある。

小さな給料泥棒?にはうるさいけど、経営者が利益の多くを取りすぎていても文句は言わない。そもそも多くとりすぎてるかさえも分からない、考えない。

小さな給料泥棒をやり玉に挙げた結果

現在の世の中は、小さな給料泥棒をやり玉に挙げた結果だと思います。

もらい過ぎている給料泥棒を排除したはずなのに、全体の給料はなぜか下がってしまいました。

結果として、若者の給料も結局は下がっています。

おまけに、物価基準の違う海外と比較して、日本人の給料は高すぎるといわれる始末。

そもそももらい過ぎてるとかいっても、誤差の範囲だったと思うよ。評価基準の公平性とかはかなり無理があるので、ある程度の誤差はどんな評価基準であっても起こりえる話で、その誤差の範囲を超えるものは、おかしいとはっきり言える程度。



倫理的な側面があるものでさえ、周りの身勝手さがある

社会秩序とかそういう観点である倫理は、社会の身勝手さの反映の部分もあるわけです。

倫理的なものでさえ、ある許容範囲の中では無視してもよい。

迷惑?

立場がかわるとそうでない場合がある。

給料を世間より多くくれる会社は良いという評価ができるのは、その会社の社員。しかし、その会社はアウトソーシングや下請けなどをつかって荒稼ぎしてる場合は、アウトソーシング先や下請けにとっては、大きな迷惑。

家族思いの父親は、家族にとっては良いが、会社の人にとっては迷惑なことが多い。

大事なものを守るということは、社会と相性が悪いことがある

・個人と組織(集団)
・権利と義務

そんな感じ。

大事なものを守るには、何らかの覚悟が必要だということも忘れがちだと思う。

それは生きるのにも生きる覚悟がいるということを忘れがちなのと同じだと思う。

この手の覚悟は、一時的な物でなくて継続的な覚悟なので、非常に難易度が実は高い。

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