正しさを捨てないと、人を救うのは難しいというのが現実

シングルマザーで子育てに窮してるって言うのはつまり
母親も無計画な馬鹿で父親は無責任なクズ
ってことでしょ?

こいつらは自分の子供を育てる為に協力するべきだったのに
身勝手な理由で別れて、別れたなら必死で働くわけでもない
男は男で払うべき養育費も払ってない

こういうのに福祉を与えるのは反対

http://anond.hatelabo.jp/20130113015136

倫理や道徳の観念から、こういうことを言ってはダメだと思っている人が多いとしても、言ってはダメだというだけでその内容に関しては、納得すべきものがあると考えている人たちも少なからずいるでしょう。

本音ベースで話をしないと、結局は賛同者が増えていく結果になりかねないし、現実問題増えているだろうと思います。

シングルマザーを助けてるのでなくて、その子供を助けてるだけ

感情論はダメで、論理こそが物事を判断するのに値するという人向けに書くと、子供を救うためにシングルマザーに援助しているだけという論理を作ることもできる

実際、生活保護や遺族年金などの制度も、子供がいるだけで額がかなり違うのが現実で、制度上も子供を救うのも一つの指針にはなっているかと思う

しかし、論理なんて組み立て方次第なので、判断の目安にしかならないと思う。まず、考えや思想があって、それに基づいて論理を組み立てている場合がほとんどだと思うから。

論理で賛同者や共感者を増やせるだけで、結局は人の感情に訴えてることには変わりがないということ。


人を援助したり、助けたりするのには、正しさに依存してはダメだと思う

自業自得の人を救うのは、なんだかなぁというところもあるかもしれないが、でも世の中で救うべき人たちの少なくない人数がそういう人たちなのです。

まあ、自業自得かどうかなんて論理の組み立て方ですから、援助をしたくない人たちからみれば、自業自得の人たちばかりになるんですよ。

運が悪いのも、そういう時の為に貯金をしてこなかったのが悪いとかそういう論理で自業自得ですというのは簡単ですからね。

そういう人でも、運が悪くて自業自得気味でも、国民の大半がそういう目にあったとか、放置してると経済が立ち行かなくなるとかで、救済することがあるけど、そういうのはOKだと考える人がおおいわけで・・・。


人を助けることの無力さを知らない人は、福祉なんて概念を理解できないと思う

会話するときは、福祉のこういう無駄遣いを問題にしてるという風にとらえると、会話が成立しないと思う。もともと、福祉なんてあまり必要ないというのが原点で、いかに福祉をなくすかという観点で論理を組み立ててるからです。

自業自得の人を救うべきでない、救うと自業自得の無責任者が増えていくとそういう話になるわけですね。本音を見抜くには、自業自得かどうか疑わしい人は救うべきか?という話をすれば大体雰囲気でわかるかと思う。

たまに、人を救うことの無力さをしって、人助けは無駄だという論理で福祉も無駄だという考えに至る人もいますけどね。

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