少数派や弱者の人権を守るメリットがないと感じている人もいる

人権は何のために守らないといけないのか?

倫理的な側面を超えて、このことに関して明確な理論が現代においては崩壊してる可能性があると思います。少なからずの人が、少数派や弱者の人権を守るメリットが良くわからなくなっていると思います。

景気が良くて余裕がある社会の時と、今とでは感覚も違うのでしょう。

もしかすると、少数の弱者を切り捨てたほうが、自分たちの豊かな暮らしを守れるのではないか?という錯覚を抱いているのかもしれません。これが錯覚なのかどうかは、私自身は断言できません。

最近の傾向としては、人権をある程度制限する方向に向かいつつあり、実際制限しないと世の中が成り立たない場面もあると思います。節税という名で脱税を行う人がいるのと同じように、人権を悪用する人たちも当然出てくるでしょう。それに対抗するためには、人権を制限しない方向では社会的コストがかかりすぎるのではないか?という話です。

社会的コストが問題になるのは人権だけではありません。健康保険を使った医療だって同じです。

まあ、同じ差別があるのなら、自分たちが有利になるものをまずは応援するのは仕方がないと思うんですね。その結果、多数派が得する差別撤回?がまずは実施される傾向にあるかと思います。


人権という概念に縛られ過ぎてるのもよくないかもしれない

リベラルが同性愛者への人権施策は必要ないと言ってるんだが

こういう時にも、性的少数者に配慮できる人が、本物のリベラルでは。
人権で言うなら少数者のほうを先に考えないといけないのにね。

女性専用車両はゲイの人への差別車両であることは間違いないから、
女性専用車両に賛同するなら、
「同性愛者への人権施策は必要ない」と言ってるのと同じなのか。
http://anond.hatelabo.jp/20121207033354

痴漢をする男と同じ男に見えるからといって、男にしか性的指向が向かないゲイも「男」という区切りで分けてしまうことの暴力性に気が付いていない。
http://www.shisokan.jp/hansei-joseigaku/josei-senyo-syaryo/

人権という概念でいえば、たぶん論理的な内容は正しいと思う。しかし、その正しさは、何を作り出す可能性があるかということです。

女性専用車両がダメだとするのなら、どうすればよいか?という点が不明です。もちろん、どうすべきか?という代替え案を出さなくても批判することには問題はないと思います。

しかし、じゃぁ女性の痴漢されない?人権は、少数派の為に犠牲になってもよいのかとかそのあたりはどうなのかなと思います。

あと、痴漢に興味がない異性愛者の男性だって当然いますよ。その人達だって、「痴漢する男」というひとくくりに処理されているわけで、私が思うには、頭だけで考えたロジックだと思うんですね。

男は痴漢するものというレッテル貼りは、差別ではないのか?と言ってみることも可能かと思います。まあ、差別でないのは、そのことに気づかない、そのことでは傷つかないからというところはあると思うので、差別であって差別ではないのでしょう。

女性専用車両を導入しなくても一番良い方法は、あんな詰め込みの電車を認めないことです。しかし、そうするにはコストがかかるので、だれもその方向には動かない、賛成しないという結果が待ていると思います。

養鶏場の鶏だってもう少しスペースがあろうかと思う。

それでも、少数派や弱者の人権は守られるべきだとは思う

社会的コストがかかろうと、私は守られるべきだと思うが、でも、他の人は現状どういうスタンスなのだろうか?と気にはなる。

リベラルといっても、少しずつ変化してきてるので、リベラルというレッテルはあまり意味をなさないと思う。現時点のリベラルはここですという具合に、変化してるから。

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