ネガコメの呪い

こうなってしまうと、良識ある企業なんかは、自社のページにはてブのボタンなんか置くはずがないんですよ。現に自分が仕事で制作した企業サイトには、いいね!ボタンとツイートボタン、mixiチェックは置いても、はてブボタンなんか置いたことないです。そしてどんどん日陰者になっていってしまう。別に2chを目指すのであれば、それでいいんでしょうが、はてなの目指すところはそこだったの?ということを言いたかったわけです。
http://anond.hatelabo.jp/20120112030008

ネガコメ
ネガコメの判断は主観だという部分がたぶんにあります。そのことを意識的にあるいは無意識に利用して、ネガコメではないと言い出すことが可能なのです。

それが発展して、「受け止め方が悪い」「被害妄想だ」「誰もそんな風に思っていない」などに進展していきます。もちろんそうでないと考える人もいるでしょうが、現実社会と同じく声を出してくれる人はほぼいないのです。


ネガコメの怖いところ
・匿名だけど判別できるIDがあるネガコメは、何度も何度もつけられると怨念があるようで怖い
・何個もネガコメがつくと怖い。それもIDがあって、明らかに複数人数からつけられると恐怖は倍増
・コメントに相手すると、もっとひどいコメントが延々とついて怖い

一つ一つは些細な事象でも度重なったり、数が多くなればそれはある種の力を持ち出し、また誰にも制御できないようになる可能性があるわけです。ひとりひとりは、いわゆる善人ですから。悪意があったとしてもちょっとしたいたずら心程度なのです。


いじめの原理に似ている
・傍目から見ると、いじめに見えにくい
・いじめている本人たちは、いじめで無いと主張する
・いじめられている人は、いじめですと主張します。
・基本的に誰も助けてくれない
・反抗するとエスカレートすることもある
・スルーすると逆にエスカレートすることもある
・問題が表面化して被害が及ぶと判断すると主要人物以外は私は知らないと去っていく


ネガコメの呪い
呪いというのは、相手を呪ってやろうと思って発生する呪いとそうでない呪いがある。呪いや怨念がこもっている言葉をそうとは思わずに使い続けている人たちは、その存在に気づかない。また、当人は人を呪っていないので、「人を呪わば穴二つ」な現象も起こらない。


ネガコメなんてどこに存在するのですか?
「ネガコメなんてどこに存在するのですか?」「はてブを敬遠してる人なんているのですか? 」と言う一言でさえ、呪いの言葉としては十分なのです。呪いを生むのは、ねたみや嫉妬だけではなく、自尊心や正義などからも生まれるわけです。

ネガコメの呪いは、その存在を認めない人たちから生まれるわけでたちが悪いのでしょう。また当人に指摘しても、言いがかりだと思われるので無意味かもしれません。指摘した程度でわかったり、態度を改める人は無意識に人を呪わない傾向が高いのです。ある意味、信者なんです。信じたくないものは認めない。また信者である自覚もないのです。

信者の傾向としては、その部分だけは世間一般的な価値観とずれてることが多いというのが特徴としてあります。


人を呪わば穴二つ
はてなブックマークがすたれつつあるのは、ネガコメの呪いの影響かも。呪いは怖いです。

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