「ハンドルネームまで変えてしまう恋」を理解する方法について

世の中にはハンドルネームまで変えてしまう恋というものもあるんだよ。
今日も得る物なしZ


理解できないものを、理解するための2つのポイント

・理解しようとする相手を辱めない
・少し要素を変えて、そういうことが自身にないかを考えてみる(共通点を見いだす努力)

まず、条件としてはこの2条件は必要だと思う。

アニメキャラを好きになる気持ちわからない時に、
ジャニーズを好きになる気持ちに、もしかして似ているのではないか?という思考ですね。

・実際には手に届かない存在で、実らない恋である

とか共通項を見出そうとする姿勢が、理解を深めようという思考だと思う。

ここで、逆に「違い」を見つけてその「違い」を考察することによって理解しようとする方法論もあるのではないか?と思うと、勘違いしてしまいます。

この方法ってなぜかうまくいかないんですね。

アニメキャラは、生身の人間でないがゆえにとかいう考察って、結局理解する方法にはならないことが多いんですよ。

違うことは分かっているのに、違いに対して理由を後付けでつけてるだけで、なにを理解できるのか?ということですね。

理解する対象を見下したり、辱めたりしてる状態になったら・・

たぶん、それは理解できてないと思ったほうがよいでしょう。

なぜかといえば、簡単です。たいていの場合、理解ができたら、許容ができるんですね。許容ができないと、たぶんそういう結果になるケースが多いので、理解が進んだかどうかの参考にすればよいかと思います。

こういうのを信じる人間は、こういう人間に決まっているとかそういうロジックになりがちなんですね。実際にはそうでない場合も多々あるんですけどね。

もちろん、理解しようとしても理解できないことは多々ある

逆に、理解できないことを、無理やり理解したふりしなくてよいってこともあると思う。

無理に理解して、解釈めいたことをいう場合は、大抵、反感をかうとかマトモなものでないことも多いと思う。

なんちゃって、カウンセリングとか、
なんちゃって、プロファイリングとか

子供時代にこういうことがあったからに違いないってやつですね。
でも、占いと同じで、「こういうこと」に意外と多くの人にも起こっているものをわざと選ぶあざとさがあったりすると悪質かな。

ハンドルネームまで変えてしまう恋

この表現、美しいなぁと思いました。

好きになるのには、理由が必要ないからかも

でも、打算的で現実主義的な人には、好きになるのにも理由が必要なのかもしれません。

・好きになるメリット

そういうのがないとおかしい感じる人もいれば、そうでない人もいるってことですね。価値観や嗜好の違いなので、理解しようとしても理解できないかもしれません。

もしかすると、理解できないものを理解する一歩って、

・自身のほうが、少しおかしいのかもしれない
・自身のほうが、一般的でないのかもしれない
・自身のほうが、xxxでないのかもしれない

と自身を疑う姿勢なのかもとは思います。

だって、今までの価値基準(嗜好)を変更しないで、理解できることはたぶんないでしょうから、そういう作業が必要になるでしょう。

興味ないものは、好きにはなれない

好きになる対象外に設定されているので、好きになれないのは普通。

なぜ好きになれないか?でなくて、なぜ興味がないかの間違いの可能性もありますよね。

いやいや、興味ないものだけど好きだよとかいっても、
その好きは、嫌いでないという意味での好きかもしれないし・・。

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