「言ってること」が正しいだけではダメで、態度も正しくなくてはダメなのかも

「言ってることはわかるがお前のことが気に入らない」を軽視しすぎたらあかんのちゃうかな - あとのまつり

主張内容の正しさは態度の正しさを保証しないという話。ホントコレ。勝利条件は人権擁護に対しての理解と実現だと思うんだけど、こんな具合にその場その場の議論での勝利だけを見てると詰む感あるわよね。

2016/09/08 08:25

アイヌは異世界の住人ではない - はてこはときどき外に出る

ゲーマーには悪意はなかったが、発言がまずかった。この人も目的に正当性はあったが、手段がまずかった。ゲーマーに結果の責任をとるよう求めるなら、当然「上手くやれなくても」なんて開き直りが許されるはずもない

2016/09/09 21:24


最近の僕のモヤモヤした気持ちって、これなのかなぁと思う。

・「正しさ」をごり押しする態度
・本末転倒な擁護する論理

「言ってることの正しさ」で勝負したかったら、態度も同時に正しくなければいけないのかなぁと思う。

「正しさ」に対する共感・賛同を力に変えたい場合は、特に、言ってることだけ正しくてもダメだと思う。

kanjin30203 指摘されたら「すみません以後気を付けます」と言えばいいのに「何マジになってんのwww」という反応をするのは、本音では差別する意識があるからでは?と言わざるを得ないし、それは糾弾されてしかるべき

この論法いいかげん滅びてほしい。
「言ってることはわかるがお前のことが気に入らない」を軽視しすぎたらあかんのちゃうかな - あとのまつり


言葉狩りではなく「アイヌ」の特殊性に思いを馳せましょうということになるが無知の人を捕まえていきなりお前は差別主義者だ通報する、はやっぱり正義の味方ごっこにしか見えないなあ。
「言ってることはわかるがお前のことが気に入らない」を軽視しすぎたらあかんのちゃうかな - あとのまつり


・無意識の差別意識

そういうのは確かにあるけど、無意識なので本人はいくら差別意識がないといっても、本人が認識できないから「無意識」なんだからという話になる。

この論法のダメなのは、

・認めない限り、正しく理解していない
・認めない限り、反省していない
・認めない限り、差別主義者だ

という決めつけがあるというか、反論を一切許さないってはなしですよね。

でもって、「無意識の差別意識」って不思議なもので、「これが差別だ」と探し出したら偉くなったかのように錯覚しがちだとは思う。

でも、それって本当に差別なのかなぁ?とか
でも、それって絶対にダメな部類の差別なのかなぁとか
一切、許さないって部分もあると思う。

この手の話って、個人的には読むとしんどいので引用先(の引用先?)は読んでないんだけど、

それは、差別に抵触するかもしれないとかその程度の話かもしれないなという思考も大事だと思う。
つまり、法律に抵触するかもという話で、その手の抵触するっていうのは、微妙な話ですよね。

著作権に抵触するかもと言いながら、実際には著作権的にはOKなケースだってあるわけだし・・・。

正しさに溺れ過ぎる人は、気持ち悪くなるかも・・

法律に抵触するかもというときに、法律違反ですとか言い出すのはどうなのかなぁというのはある。
つまり、違反だと明確に言えなくても違反だと言い切ってしまう態度って、気持ち悪いと感じだす人たちがいると思う。

でもって、その原理を利用して、逆に勢力を盛り返すってこともあると思う。

だって、不誠実に違反だと叫んだ人を、人は信用するか?っていえば、どうでしょうね。

差別する人たちは、こういう人たちだという「差別」

それも、差別意識なんじゃないかなぁというジレンマみたいなものは、「正しい」人には一切ないだろうと思う。

ただ、それも差別意識には違いないんだけど、社会問題にはなりにくいってだけだと思う。

ただし、差別をなくしたいという路線なら、差別意識をなくしていかないとダメなので、こういうケースの差別意識は差別じゃないとかそんなのはどうかなぁと思う。

さじ加減なのかも・・

「私は弱者、だから私が怖かったり傷つくような発言は、誰に向けたものであれどんな意図であれヘイトスピーチだ」
「強者に理解されなくて結構。押し付けがましい」
「強者の理想の弱者の押し付けはやめてください。あなたが勝手にやってください。私には関係ない」

とか言い出すんだけどね。今回の燃料投下役のはてこさんとかね。
それって一生平行線だよね。現実問題、それでなんか進んだの?誰からも理解されない独りよがりの全方位攻撃を何年続けるつもりなんだろ
ナコルルとヘイトスピーチ


フェーズによって、臨機応変に態度を変えていかないとだめというさじ加減も大事なのかもと思う。

つまり、一定の理解と支持を得ている状況下では、逆効果になるとかそういうのがあると思う。
一定の理解と支持を世間から得てない場合は、声を大きくしないと、ダメかもしれないと思う。

差別でも、全然理解されてない状況下と、世間で一定の理解を得られつつある状況下では、同じ態度ではダメなのかもって話。

同じ発言でも、発言力が変化している可能性になるから、暴力的な発言と受け取られかねないとかそういうの。

俗にいう観客を背負って発言しているのに、一人で発言してますみたいな勘違いとかそういうのと似てるかも。中には観客背負って発言して、発言力増してるのわかってるくせに、一個人の発言ですみたいなことをいう人たちもいるけど。

観客の代わりに、正義や大義だって同じだと思うんですね。そういうのを背負うと、1個人の発言力が増しますよね?

つまり、言ってることの主体は間違っていないけど、でもさじ加減を間違ってるので、態度がおかしいということが起こり得ると思う。

さじ加減間違えたら、いくら正しいことを言っていても、脅迫(おどし)?とかになりかねないですよね。

反差別主義者は、差別をなくすことが目的でない?!

まあ、いろいろなんで、そういうこともあるんじゃないの?

差別されないだけでなくて、優遇されることを目的にしても良いわけだし、
自分と同じ属性の差別だけなくなればよいという話もあったりもするし・・。

まあ、その態度は正しくないかもしれないけど、どんな社会運動も似たような要素をもってると思うので、悪いとはいえないとは思う。

貧しい子供だけ救われたらいいの?みたいな論理で、貧困問題に取り組んでいるといっても、本当は貧困をなくすのが目的じゃないのでは?という感じのいいがかりみたいな論理も作れると思う。
子供たちの権利と幸せを守るのが目的で、貧困をなくすのが目的でないとかそういうの普通にあるわけで・・。


追記

7年間の活動期間の中、今年…それも今月に入って初めて言及する程度ですね。

正直な話、この程度の取り上げ頻度では「自分が正義の味方である」認識を大衆に広めるために、ちょうど手頃な差別問題が転がってたし、相手は口論の弱そうなゲーマーだから噛み付いてみたとしか思えないです。

ちなみにTwitter社からは大本の「ナコルル殺す」発言はヘイトスピートではない認定されてるそうなので、もう退くに退けないフェイズなんだろーな。

差別は良くないよ?でもなぁ
差別はもちろん良くないんですけど、少なくともこの正義の味方気取りはアイヌ問題の解決のための「真の正義の味方」には断じてなり得ない。そう思って生暖かい視線で見守っていこうと思います。
Age of Empires2とOverwatchを踏まえた「アイヌ殺す」発言について思っていること - atcgouchのブログ


まとめると、
・例の発言は暴力的で、Twitterのような人目につくところで発言することは不適切
・だが、本人に差別意識や差別する目的があったとまでは言えず、大阪市の条例が定義する「ヘイトスピーチ」にはあたらない
・請願書は好きにすれば
以上です。
「アイヌ民族尊重の呼びかけに関する請願書」の内容について - 文章または写真、またはその両方


僕も上記のように感じる。でもって、賛成でも反対でも、もう言動が極論過ぎて、マトモな人は関わりたくないと思うんじゃないかなぁと思う。学校の教師でも似たような感じの人いるんだけど、「ふざけていても暴言はいけない」という正しすぎる論理でしか物事判断できないっていうのは、教育とか啓蒙には向いてないと思う。

正しすぎる正義って、暴力的で、かつ、実際には正しくないことの方が多いんじゃないかなぁと思う。

関連意識

ヘイトスピーチを批判するとヘイトスピーチになりかねないというジレンマ

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