コミュニケーションの強者と弱者について

僕は人を簡単に2種類に分けています。

(1)コミュニケーション強者(以下、強者)
(2)コミュニケーション弱者(以下、弱者)

中にはコミュニケーションにあまり興味の無い人もいますが、ここでは考えません。

強者:会話の中で、自然と空気を創り出せる人。要は、あまり相手の顔色をうかがわずにいる人
弱者:会話の際に、相手の受け取り方などを必要以上に考えて、時に発言にしり込みしてしまう人。いわゆる「コミュ障」とは異なる

弱者の目的は、別に強者を打倒することではなく、あくまで対等に会話を行うことです。
コミュニケーションにおける、「強者と弱者」とは? - ※首筋にナイフを突き付けられながら書いてます


コミュニケーション能力と、ぼっち飯を回避する能力って別だよね?
ペリーと交渉する能力と、いじめられる側にならないように立ち回る能力ってまったく別だよね?
意見の違う人間同士で妥協点を探る能力と、村の中の空気を壊さないように周りに合わせる能力って全然別のものだよね?

日本ではこの二つが『コミュニケーション能力』という言葉の中で混同されていて、
後者の能力が高い人間が「俺はコミュ力高い」と傲慢をかましているのが鼻についてしょうがない。
後者を表す、もうちょっと、いい言葉はないものか。
コミュニケーション能力と「仲良し力」って別だよね


混同されてないし、周りもちゃんとわかってるとおもうけどね。
いくら「俺はコミュ力高い」といっても、周りがそんなの認めてるとは思えないけどね。
だから、気にするなというのはあると思う。

つまり、強者か弱者かをみれば、そんなの明白なんですよ。
交渉力でさえも、「強者の交渉術」と「弱者の交渉術」があり、この2つは同じ交渉力とは周りは思ってないとおもう。

弱者はたいてい強者になれないし
強者もたいていは弱者にはならないだろうと思う。

仲良し力も、「周りを仲良くさせる力」と「周りと仲良くやる力」とは別物で、大抵、前者が強者、後者は弱者になりがちだと思う。
つまり、支配する側と、支配される側になるわけですよ。

例外は、対等な立場の場合のみだけど、この世の中、対等である関係はほぼありえないので・・・。

まあ、対等な時は、コミュ力も、交渉力もある意味必要ないって言う話もあろうとは思う。

学校や会社が好きな、協調性について

強者はリーダーシップをもって、
弱者は周りの迷惑にならないようにいうことをきく

ってだけの、強者と弱者の処世術に成り下がってると思う。
で、求められるのは「弱者は周りの迷惑にならないようにいうことをきく」という部分で・・。

強者には、実際にはあまり協調性を要求されてないことから見ても明白。

コミュニケーション弱者でも

要領がよければ(世当たり上手なら)、コミュニケーション強者とにたものを得られることも多いと思う。

弱者でも、美味しいところをかっさらっていくというのも、可能。

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