辞めたきゃ辞めろ。だが、「正論」に惑わされるな!!

初めに

辞めたきゃ辞めろ。だが、プロブロガーに惑わされるな!! - ヘソで茶をわかす

相談相手を選んだ時点で、実際には、本人が結論を出しているのと等しいと思うので、心配する必要も危惧する必要もないと思うんですね。また、相談相手を選んだ後でも、受け入れがたい話が出てきたら、拒否する人ほとんどだとおもうけどね。

占いの館で、恋愛相談するのとにたようなものですよ。結局、受け入れがたい話は聞き流して、受け入れたい意見を採用するって話でね。

>辞めたいのなら辞めたらいい。ただし、恥ずかしくない態度で

恥ずかしくない態度でというのは、オプションなので気にする必要ないと思う。本当に決断しなければいけない時に、オプションを気にするあまり、正しく判断できないことの方が問題だと思う。

会社を辞めるときに、引き継ぎはしましょうとか、立つ鳥跡を濁さずたぐいの話だと思う。

本当は自身の決断に自信を持てるかどうかの方が重要で、自信が持てるのなら、恥ずかしくないと思う。

極論、逃げたい時は逃げたらいいんです。

美学を大事にして死にたい人もいるので何ともいえないけど、死にたくないのなら逃げたほうが良いっていう価値観も同時にあると思う。

生き死には結果ははっきり出るのでわかりやすいだけで、すべての人が「美学」を大事にしてるわけではないと思う。

>支援してくれた人を裏切るな

(一時的には)は裏切っても良いし、支援してくれた人に対する恩というのは、別にその人に返さないといけないということはないと思う。違う人に返しても問題ないと思う。このあたりもオプションだと思う。

重要な決断をするときは、なるべく身軽な状態でないとダメだとおもうし、しがらみがあると正しい判断ができないと思う。

>自分の居場所に疑問を持つのは普通。少数派などではない。

レールを外れる行為をする人たちは、やっぱり少数派なのではないかなぁと思う。

レールを外れたいと思う人が少数でないことはまた別だと思う。でもって、多数の人がレールから外れないからと言って、それが個別ケースに置いて正しいとは言えないとも思う。

>自分の人生に納得するためにも

・自身の人生に後悔しないように
・自身の人生に納得するために

こういうフレーズも、実際には害があったりする。

下手な美学は、判断を誤らせるし、思考を縛ったりするので、実際には良くないと思うんですね。

なぜ、正論がダメなのか?

・無難過ぎて、ブレイクスルーにはなりにくい
・現状維持、現状追認になりがち(日本では?)

無責任なアドバイスをするなって批判して、無難なアドバイスをする人たち

無難なアドバイスをする人たちが、責任を持ってくれるとか言うのもないですから、その点は注意したほうが良いと思う。
責任とってくれっていっても、「無難なアドバイス=まちがっていない」という大義をつかって、拒否すると思うよ。

弟が大学を辞める事になったよ!
どうすればいいんだ…私は何て言えば良いんだろう。
去年、留年が確定した時「大学を辞めたい」というのを必死に止めたのは私だ。
弟が大学を辞める


たとえば、このケースなら、とめた責任を取ってくれるのか?なんですね。

助言を集めたら、適切な判断ができるのか?

先人に学びとかそういう心地よい言葉を言う人たちにも用心したほうがよい。
結局、迷うということは、世の中一般的な価値観でも、おそらく、判断に困る状況なんだと思うんですね。

たとえば、会社を辞める・やめないとかでも

・あと数年我慢してみたほうがよいのか?
・すぐに、出直したほうが良いのか?

これ結局は、結論出ないですよね?
先人に学んでも、多くの助言を集めても、正しい選択ってできますか?

正しい選択にこだわると、ダメな場合もある

間違った選択をしても、その選択を正しかったと思えるように行動したら、リカバーできるってこともあります。
また、間違ったと分かったら、軌道修正したらいいんですよ。

大学は辞めないほうがよいとかいうのは、無難なアドバイスだけど、
その無難なアドバイスを採用した結果、不幸になった人たちも当然いるんですよ。

なぜか?といえば、普通は大学を辞めようなんてなかなか「本気」では思えないのに、気の迷いだとかそういう風な路線で、無難なアドバイスをしてしまったかもしれません。

結局、留年しても卒業できないのが明白になった時点で、大学を去ることになりました。それだったら、大学辞めたいと思ったときにやめてたほうが無駄な時間を過ごさなくてよかったかもしれません。

正論をいう人たちは、芳しくない結果がでても、反省しない

無責任な適当なアドバイスをする他人には、厳しく批判するけど、
自身のアドバイスは、正論だからという理由で、結果が芳しくなくても反省しないんですね。

全ては、相手がわるいって話になりがちだと思う。

可能なら・・・

大学を辞めずに、休学にしておくとかそういうのにしておけば、良いかもしれないねという話はある。
ただ、休学にしておいても、たぶん戻るという選択は事実上できない可能性の方が高かったりすると思う。

これも、その人次第だとおもう。

それが心の余裕になって、良い方向に進める人もいえば、逆効果になる人もいるとは思う。

プロブロガーって、ひどいよね?

価値観なんじゃないの?

サラリーマンやめて、独立しようと思ってますとかいう相談をするときに、

経営者気質の人に相談したら、後押ししてくれるだろうし
公務員気質の人に相談したら、世の中厳しいからサラリーマンの方がいいよって引き止めてくれる

そういう話じゃないかなぁ。

今時は、転職するのが結構一般的というか、ITの世界では普通になりつつあるけど
人昔なら、そうじゃなかったわけで・・。

今でも、転職すると、よほど収入がアップしない限り、生涯年収とかで比較したら損すると思うけどね。

個人的には、プロブロガーなんかに人生相談?すべきじゃないとおもうけど、そんなアドバイスを聞く人は、初めからプロブロガーに遭難しないですよね?つまり、その時点で、僕とは価値観が違う人種だということで、そもそも価値観が違うのに、僕のアドバイスが役立つか?って言う話はあると思う。

心地よい言葉という誤解

どうか、自分の人生に納得するためにも、一部の耳触りの良い言葉に惑わされることなく、様々な人に相談して下さい。あなたに批判的な意見、つまりはあなたは持ち合わせていなかった知見こそが、耳を傾けるべき意見です。そういう意見と、あなたの意志や考えを総合的に判断して下さい。
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・批判的な意見
・持ち合わせていない知見

が、素晴らしいと思いこんでいるのも十分ダメな部類だと思う。

あと、だいたい、正論をいう人たちは、そういう意見を言えないんですよ。

・あなたに批判的な意見 = 正論
・あなたは持ち合わせていなかった知見 =正論

という図式になっている可能性があるわけです。

辞めるか辞めないか?という相談の時に、全然別の第3の選択肢を出せるのは、正論をいえる人ではないことが多いと思う。つまり、正論をいえる人は、新しい知見をだせなくて、単なる先人の劣化コピーしか言えないんです。

「自分の人生に納得するため」というのが、すでに指摘してるけど、心地よい言葉の典型

老害と正論は紙一重

先人の・・みたいな表現があるように、この手の正論って、老害と紙一重なんですね。
自信に満ちて正論を言う人たちには、注意したほうが良いと思う。

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