汚い大人に、絶対になりたくない人へ

子供が大人が汚いと思うのは、どういう時か?というのを良く分析してみるべきだと思う。嘘をつくときだと思うのは、子供の頭では仕方がないわけで、大人になった頭で再度検証してみれば明白でしょう。

「信じていた気持ち(信頼)」を裏切られたときではないでしょうか?

「クリスマスプレゼントは、なし」とか言ってたのに、ほしかったゲーム機を買ってくれた時は、大人は嘘つきでズルいなんて思わないでしょう? もちろんゲーム機は買ってくれたという俗物的なうれしさもあるけど、それ以外の要素もいっぱいありますよね。

あと、大人(強者)と子供(弱者)という立場を利用している部分も、汚いと思わせる要素でもあると思います。

正直者のつもりの偏屈な人たち

正直に生きるっておかしなことなんですか?
ぼくはただ自分のブログを続けたいという気持ちに真っ正面から向き合った。
それでいて誰も気分を悪くしないように真っ正面から企業に「ブログを続けていいですか?」と聞きました。



けれどこれはぼくの人生だし、ぼくは自分のために嘘をつくことも大嫌いだ。
せっかく雇ってくれた会社の社長に、裏でブログを書いて収入を得ているという嘘をつき続けることはできません。


だって、正直者が馬鹿を見るんですよ。
正直に嘘をつかずに生きるってそんなに駄目なことなんですか?
汚い。汚すぎる。ぼくはそんな大人には絶対なりたくない。
就活では人事に「副業OKですか?」って聞いちゃ駄目らしいぞ - いわタワー


ぼくの長所は自他共に認める「素直さ」
それくらいしかないんじゃないかってほどに唯一の長所だった素直さはときにぼくの短所になる。
【就活失敗】40社受けて内定ゼロのぼくはフリーランスで生きていく - いわタワー


引用してから、同じ人だというのに気づきました。

自分自身に正直な人は、社会から見たら偏屈な人が多いとおもうけどね。
僕も偏屈な自覚があるから、特にそう思う。

正直に嘘をつかずに生きるってそんなに駄目なことなんですか?

汚いかどうかは、嘘をつく行為でなくて、その結果とかによるんじゃないかなぁと思う。
誠実に生きているのなら、黙っていることは嘘じゃないとおもうしね。

大人が汚いのは、嘘をつくことでなくて、誠実でないことのほうが多いと思う。
誠実というのは、相手からみて誠実かどうかであって、自身から見てどうかは2の次だと思うけどね。

正直に嘘をつかずに生きていきたいという本質が、絶対に嘘をつかないという話なら、その路線で頑張ればいいとおもうけど、
でも本意はそうじゃない場合は、ちゃんと考えたほうが良いとおもうけどね。

「嘘をつかない」という言葉に行動が縛られて、自身も周りも不幸になってたら、何のために「嘘をつかない」という原理原則を守ってるのかわからなくなると思う。

表現の問題もある


就活では人事に「副業OKですか?」って聞いちゃ駄目らしいぞ - いわタワー

今の会社に入るときの面接でブログで収益出てるんですけど大丈夫すか?って聞いたらへーすごいねってなったから、嘘とか誠とかじゃなくて表現の問題なんかなぁと。

2016/07/25 19:01


マトモな企業は副業を禁止してないし、就業規則にもそんな違法なこと書いてないところがほとんどだけどね。
あとは、言い方(表現)によると思う。

本業に支障がでる副業を禁止するのは、違法じゃない(はず)。

汚い大人になりたくなければ、言葉を選ぶ繊細さも必要だと思う

汚い大人になりたくなければ、(僕にはできないけど)言葉をえらぶ繊細さは必要かなぁとは思う。

・嘘をつかないで相手を困らせる
・言葉を選んで相手の心理負担を和らげる

こういう部分はあると思う。
正論をぶつける系の人って、現実社会では嫌われるのはそういう要素があると思う。

正論をいう側(強者)、正論を受け止める側(弱者)という構図もあると思う。
子供時代は、子供であるという時点で弱者だけど、大人になればもう子供じゃないので、容易に強者側にたてるというのも重要だと思う。

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