意識が高い人だけにわかる価値ある500円のnote

note ――つくる、つながる、とどける。

居酒屋で500円を払うのに躊躇しないのに、
なぜ、noteの課金500円程度で、躊躇するの?

このnoteの内容で、500円は破格です。
もっと、勉強のためにもお金を使うべきです。

なぜなんだろう?
僕は、居酒屋の500円のほうが価値があって、noteの課金500円にものすごく価値がないように感じるんです。

もしかして、意識が低い?
コンテンツは無料だと思いこんでる?

「とてもきれいな色合いともようをしているのだけれど、この布はとくべつなのです。」とさぎ師は言います。「自分にふさわしくない仕事をしている人と、バカな人にはとうめいで見えない布なのです。」
 その話を聞いた人々はたいそうおどろきました。たいへんなうわさになって、たちまちこのめずらしい布の話は王さまの耳にも入りました。
「そんな布があるのか。わくわくするわい。」と、服が大好きな王さまは思いました。「もしわしがその布でできた服を着れば、けらいの中からやく立たずの人間や、バカな人間が見つけられるだろう。それで服が見えるかしこいものばかり集めれば、この国ももっとにぎやかになるにちがいない。さっそくこの布で服を作らせよう。」
 王さまはお金をたくさん用意し、さぎ師にわたしました。このお金ですぐにでも服を作ってくれ、とたのみました。さぎ師はよろこんで引き受けました



「でも、王さま、はだかだよ。」
 とつぜん、小さな子どもが王さまに向かって言いました。
「王さま、はだかだよ。」
「……なんてこった! ちょっと聞いておくれ、むじゃきな子どもの言うことなんだ。」
 横にいたそのこの父親が、子どもの言うことを聞いてさけびました。そして人づたいに子どもの言った言葉がどんどん、ひそひそとつたわっていきました。
「王さまははだかだぞ!」
 ついに一人残らず、こうさけぶようになってしまいました。王さまは大弱りでした。王さまだってみんなの言うことが正しいと思ったからです。でも、「いまさら行進パレードをやめるわけにはいかない。」と思ったので、そのまま、今まで以上にもったいぶって歩きました。めしつかいはしかたなく、ありもしないすそを持ちつづけて王さまのあとを歩いていきましたとさ。
ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen 大久保ゆう訳 はだかの王さま THE EMPEROR'S NEW SUIT


まあ、価値というのは幻想だという可能性もあって、
僕が価値があると思う、居酒屋の500円は、本当は、ほとんど価値がない場合もあるでしょう。
その証拠に、その500円分で飲み食いしなくても、死なないんだから。
おまけに、成長にも役に立たない。

それでも、僕は、noteの課金500円よりも価値があると感じる。
そのことが、時代遅れだとか、感性が鈍いとか、人生を自堕落にいきているとかであっても、
価値があると思っている。

まあ、所詮は、言葉遊びですな。

あなたに払うぐらいなら、500円をどぶに捨てたほうがマシっていう話もあるので、
価値観って、様々だと思います。

500円をどぶにすてるのはもったいないとおもっても、本当にそうしてたほうが得な場合もあります。不思議ですな。

ただ、騙されたつもりでとか、どぶに捨てたと思って、買いなさいって言う助言で、
よくぞ、そういう助言をしてくれたっていうのは、僕の経験上はないですなぁ。

「苦労は、買ってでもしろ」という助言と同じくらい、聞くべきじゃなかったと思うほど。

苦労を買って、大損しましたみたいな。
そりゃぁそうでしょう、苦労を買って得するって、どんな世界なんだって話で・・。

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