こんな作文を書く子は、いじめにあいやすい

こんな作文書いてる子は、いじめの対象になりやすいって
昔から変わらない事実だと思うけどね。

もちろん、この子が悪いなんてことはないけど、
それとは別の話。

こんないい子がとか
こんなに素晴らしい作文をかける子がとか
そんなこといってるから、
現実直視できない社会を作りだすんじゃないの?

たしかに素晴らしいこと書いてるけど
こんなの、大人たちのきれいごとの思いを濃縮したコピペですよ。

感性豊かで自身で書いてる可能性もあるけど
たぶん、違う感じはするけどね。

まあ、現実直視して問題解決したくないから、ポエムでごまかすって言う手法をつかっている可能性もあるけどね。マナーや善意に訴える方法論は、コストほとんどかからないから。でもその代わり、効果もほとんどない。

でもって、痛いところをつかれたら、xxxを辱める行為だとかそういうこと言って、論点ずらしてたら逃げれるわけだしね。もちろん、逃げてるのは学校?だけでなくて、社会(みんな)が逃げてると思うよ。

大人は、弱いものにしか、もの(正義)を言えない

記事の内容だけど、

大人の自己満足のために、こんなことさせられるのは嫌だなぁと

僕が、子供だったら、きっと思ったと思う。

で、そんなことを言い出そうものなら、怒られるので黙ってますと・・。

そんな圧力かけるのなら、
いじめをする人たちに、圧力かけなよって思うけどなぁ。

大人たちが、
弱いものにしか、もの言えないのと変わらない状態。

いじめ撲滅の精神論よりも・・

こんな作文よりも、

いじめの救済手段とか
いじめの対抗手段とか
そんなの教えてくれるほうが、心強いけどなぁ。

いじめ加害者は、親まで訴えられて、こんなにひどい目にあいましたとか
そんなのでもいいけど。

万引きを強制されたとかの場合は、警察に届け出てください。
学校も協力しますみたいなこと言わないと・・。

孤立といじめの関係について

いじめられないけど
孤立するという状態が存在することは
許容しないと、仕方がないと思う。

まず、
孤立することがダメなことだと子供に思わせること
孤立すると学校生活に支障がでることが

仲間外れにしてイジメるという行為をより効果的にしてると思う。

イジメられて、自殺にまで追い込まれるより
孤立してたほうがマシって話もある。

大学のほうが、
友達とかいなくても困らないようになってそうな。

会社だったら、ほとんど困らないんじゃないの?
まあ、人間関係作っておくほうが、楽だとかはあっても。

なぜ、いじめと孤立の話をするかというと
いじめをさせないように監視する、警備するという方法論があると思うんですが、
でもそれをすると、その子が孤立する可能性のほうが高いんですね。

イジメられないけど、だれも人が寄ってこないという状態。

親が学校に出向いて、監視する・警備する?みたいなことをしたほうがよいかどうか悩む場合もあると思うんですね。
で、自殺したりしたら、やっぱり、そうすればよかった的に結論が出てしまうんだけど、結果がわからない場合は本当に悩むわけですよ。

まあ、いじめを受けてる子供も一緒ですよ。学校に行かなければいいとかいうのも、その孤立と実際には似たようなものだと思う。学校に行かない=社会から孤立する=将来困るみたいな。

理不尽な話、暴力的なものからは守れる可能性はあるが、それ以上のことはできにくいって言う話。

読んだ記事

 長崎県新上五島町で2014年、いじめを受けていた町立奈良尾中3年の松竹景虎(かげとら)君(当時15歳)が自殺した問題で、同中が松竹君の命日である1月8日を「いじめ問題を考える日(仮称)」と定め、松竹君が生前にいじめをテーマに書いた「空気」という題の作文を、3学期の始業式の日に生徒らが読む機会を設ける方針を決めた。通常の授業でも作文を使い、いじめ防止の指導などに活用する。



「空気」(一部抜粋)

 いじめの加害者の気持ちを想像してみた。主な理由は二つほど考えられる。まず一つ目、いじめという行為が楽しい。「相手の反応がおもしろい」などがよく補足としてつけ足される。このての加害者は恐らく、自分がその苦痛を知ることでしかやめないだろう。

 二つ目は、周りの友達に合わせているからだと考えられる。そう、ほとんどの人が自分が嫌われないように生活しているのだ。もし、少しでも友達が嫌いな子に優しくすれば、そのことを責められ、今度は自分がいじめの対象になるのではないかという不安と恐怖にかられる。それの連鎖がおこるから、周りの人に合わせるといじめがおこる可能性があると思う。

 もっともたちが悪いのは後者の方だ。なぜなら、いじめが完全に終わることがほとんどないからだ。対象者は移り変わってもいじめは続く。

 では、いじめの原因は何かを伝えよう。それは「空気」だ。これが目に見えないものだから恐ろしい。いじめをしなければ自分がやられてしまうという空気、いじめに参加しないといけない空気。いじめの加害者、主犯でさえも空気によって動かされているのだ。

 この問題を解決する方法はただ一つ……。みんなが親友になることだ。そう、実はすごく簡単なはずなのだ。人の笑顔は人を笑顔にし、その笑顔がまた別の人を笑顔にすると思う。僕の好きな歌にこういう歌詞がある。「空気なんてよまずに笑っとけ、笑顔笑顔、笑うかどには福来たる」。暗い顔をしていてもいいことは起こらない。

 いじめの加害者は本当にごめんと一言言えば必ず許してもらえるだろう。学校で習う数学の公式や英単語を忘れても、笑顔の大切さだけは忘れないでください。
長崎・中3自殺:命日「いじめ考える日」に…命の作文読む - 毎日新聞

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