「のらりくらり」としぶとく生きていく処世術は、身に着けたほうが良いのかも

はあちゅうの対策  …… 「最近こう思うようになった」という論旨で心の揺れとして以前の議論から転換する

イケダハヤトの対策 …… 「このほうがお金になるから」というシンプルな論理で読者に彼の変化を受け入れさせる
はあちゅうとイケダハヤト「アイドル化する作家たち」 - トイアンナのぐだぐだ


上記の方法論は、「筋をとおす」とか「ブレない」とかそういうのを美徳と考えている人たちこそ必要とされる処世術なんじゃないかなぁと思うんですね。

「筋をとおす」とか「ブレない」のがカッコいいとされるのは、実はそのほうが便利だからであって、それを守っている本人は、信頼が構築できるかもしれないけど、意外と損することも多いわけで・・。

「筋をとおす」とか「ブレない」生き方をしていると、やりにくいということがあるんですね。

・自身を正当化するための言い訳とかがしにくい
・実際には、周りから信頼されるという力がないと、何もできない
・立場が弱者側だと、敵を作りやすい、争いに巻き込まれやすい
・意外と、他人に振り回される
・周りの評価とか、発言に左右される

こういう不自由さというか、デメリットらしきものがあります。

端的にいえば、「筋をとおさない」「ブレてしまう」ことがあれば、一気に弱くなるということです。でもって、理不尽な現実の前において、筋をとおす、ブレないっていうのは非常に難しいことなのです。

「筋をとおす」とか「ブレない」生き方をしてる人ほど、
間違いを認めにくい、謝らずに理論武装するという面があると思います。

えぇ?それ、筋を通さないいい加減な人もそうなんじゃないの?っていえばそうなんですよ。
でも、筋を通さなくていい加減な人なので、同じ行動をとっても、ほとんどダメージないんですよ。

品性を維持しながら、のらりくらりする方法もありそうに思う

・若いことは、勘違いしてました
・若いころはそう考えてましたが、年を取るにしたがって変わりました。

・苦労して、人の気持ちがわかるようになりました
・実際に現実をみて、考えがかわりました。

・自身の気持ちに正直になってかんあげると・・・

・表面上はかわりましたが、内面は何も変わっていません。

いろいろあると思うんですね。
上記の方法だと、一見、筋をとおしてブレない姿勢を維持しながらも、
価値観の変化を当然のことのように、周りに受け入れさせているという点が重要なんじゃないかなぁと思う。

時代に合わせて、変化していかないと生き残れない

多くの人は、自覚なく、時代の価値観に合わせて、変化していってると思う。

つまりですね、「のらりくらり」してるのに、その自覚がないだけなんですよ。
だから逆に、「のらりくらり」することは悪いって考えるのではなく、そういうのもありなのでは?と思ったほうが自由度が上がって、生きやすいと思う。

人に媚びたくない

似たようなものに、そういうのもあるとは思う。

まあ、媚びてもいいんじゃないの?と思うけどね。

個人的には、お世辞をいうのと、媚びるのとは違う気はするけど、まあ、それは僕が僕の中で筋を通すために作りだした論理だと思います。

つまり、筋を通すってことは、たんに新しい論理を作りだせば可能かもっていう一面があると思います。
筋を通しているようにみえて、実際にはそうでない場合も多々あるということですね。

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