障害があろうとなかろうと、困っている人を手助けしないとダメなんじゃないの?

障害があろうとなかろうと、周りに迷惑をかけたら、謝らない?とダメなんじゃないの?

「息子は発達障害の一種のアスペルガー症候群って診断されてるんですよ」って伝えると、

「そんな風に見えないね」
「気にしすぎなんじゃないの?」
「大丈夫だよ。普通だよ。」

っていう言葉をよくかけてもらいます。
「発達障害があるように見えないね?」「だからこそ大変なんだね」という考え方、知ってください。 - ひろげていこう 発達障害のWA!~「困ってる子」という視点からの支援~


引用先の人はどうこたえてるのか不明だけど、

上記のような場合に、なぜ周りに「発達障害の一種のアスペルガー症候群」というのを伝えるかといえば、何らかの理解を得たいからという場合が多いと思うんですね。

でもって、流れで、もしかすると息子が迷惑をかけるかもしれないけど、その時は許してくださいねみたいなことを言うべきなんだと思うんですよ。

これ、別に発達障害でなくて、単なる性格で、周りに迷惑をかけやすい子供もいるわけで、その時も親は、いつも迷惑をかけてすいませんよねって言うわけで・・。

大義をかざして、これは迷惑でないとかそういう発想だとしたら、それは周りの理解を求めてるのでなくて、周りに理解しろって強制している行為だと思う。

発達障害なんだから、なにかを免責されるとか、何も悪いことをしてないのになぜ親が謝らないといけないのか?みたいな発想だったら、僕はダメなんじゃないかなぁと思う。

発達障害関係なく、困っている子には手を差し伸べるべきでは?

そういう風潮でない限りダメだと思うけど。
でも今の世の中はそういう感じではないとは思うけどね。

つまり生活保護と同じ。
最低限のところまでは保護できるけど、それ以上はできませんって話です。

発達障害だというのはわかるけど、ここまでしかちょっと協力できませんっていうのがあると思うんですね。

迷惑だとしても、迷惑だといったら人間性を疑われるから言わないだけで、迷惑なのには違いないっていうのはどこかにあると思うんですね。

頭悪いんだけど、運動神経ないんけど、音楽の才能ないんだけど・・

何度も書いたり、時間をかけて暗記することは、字を覚えられない発達障害の人が字を覚える為に得策でないことが多いんですよ。発達障害の人には、その人にあった特別な方法が必要なんです。

だから、「発達障害?気にしすぎじゃない?普通だよ。」っていう風に考える方からは、

こんな風に、発達障害の人は、「障害ゆえのに抱える困難」と、「周囲からの誤解からくる困難」と、二重の困難を抱えています。
「発達障害があるように見えないね?」「だからこそ大変なんだね」という考え方、知ってください。 - ひろげていこう 発達障害のWA!~「困ってる子」という視点からの支援~


いつも思うんだけど、正しい理解をしてもらう必要なんてないんじゃないの?という話と正しい理解をしてもらっても、許容してくれるかどうかは別だというのを忘れがちだと思う。

正しく理解している人の中にも、許容してくれない人もいるよ。これ、正しく理解してくれたら、許容できるはずだという発想だと思う。

発達障害はその程度違うんだけど、
そもそもですね、頑張ったからと言って、結果につながらないっていうのは多々あるけど
世の中の人は、頑張らないからだという話になるわけですよ。

頭が悪い人がいて、実際には勉強のやり方を教えてあげれば劇的に伸びる子もいるのは事実です。
もちろん、勉強のやり方をかえても、やっぱりダメな子もいるのも事実です。

前者の場合は、頭が悪いわけでなくてやり方がまずかっただけ。頑張りが足りなかったわけでもないというのがわかります。
後者は何が悪いか不明ですが、もしかすると頭が悪くてどんな方法をつかっても、頑張ってもそれほど結果が出ないって言うケースかもしれません。

でも結局、どっちにしても、頑張りが足りないっていう認識になるわけですよ。

相手も違う意味で、辛いかも

・理解を強要される
・迷惑を許容させられる
・白い目で見られる

あなたの子は、発達障害じゃないんだから、大変なことなんてないんですよみたいなのも、辛いですよね。
たしかにさぁ、発達障害の子供だったら大変かもしれないけど・・・。

自身は大変で、相手は大変じゃないとか
自身は不幸で、相手は不幸じゃないだろうとか
そういうのって、意外と「辛い」心境になると思うんですね。

そんなこと言ってるつもりがないというのは、
無神経に、発達障害には見えないよって言っている人たちとそう変わらないと思う。

困らせる子じゃない「困ってる子」

理屈はそうなんだけど、周りも子供の困るよね。
親は発達障害だからとかそういうのをよく理解できるからいいけど、子供でまだおさなければ、そんな論理さえもわからないわけなんだから。

「発達障害があるように見えないね?」「だからこそ大変なんだね」という考え方、知ってください

この話って、もともと理解ある人たちにしか有効でない話だと思う。
でもって、もともと理解ある人たちがより結束を固めて?、そうでない人を「意識の低い人たち」のような扱いをするように仕向ける結果になりがちだとも思う。

「そうは見えないですよ」という善意や心遣いもある

悪意なくても、心は傷つくかもしれないけど
でも、本当はそう見えるんだけど、そうは見えないといっている人たちだっているでしょう。

普通に見えるといわれて、喜ぶ一方で
普通に見えると周りの許容が得られないので困るという
ジレンマみたいなものもあるんじゃないかなぁ。

やっぱり、発達障害だったんですねっていえば、いいんですかね。

また、発達障害でも軽度のとつける人たちもいるわけで。

いろいろ、理路整然とはいえないものがあるんじゃないの?とは思う。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。