「やる気がないなら帰れ」という「踏み絵・脅迫システム」に依存するな

そんなのに依存する人たちとはなるべく関わりたくないので、僕はあまりしらないけど、未だにいるってことなんですかね。
まあ、その手の発言で効果がある場合は、言わなくても人はしたがうことが多いと思うので、言うだけ無駄な気はするけどね。

これに対する反応が日本の没落を表してる。
言ったほうが求めてんのは「イヤです!」→「ダメだ帰れ!」みたいに続いて最後に「次は無いぞ!」っていう流れ。
なのに今の若い奴は「わかりました。帰ります」 そうじゃないでしょ。
こういうのがブラック企業を生むみたいな反論もあると思う。
でもこういう理不尽から逃げると世の中はどんどん弱くなっちまうぞ。
やる気がないなら帰れ


僕もどちらかといえば、「分かりました。帰らせていただきます」派だけど・・・。

僕はそういう主義者だから、相手もそういう発言をするときはそれなりの覚悟を持たないといえないと思うので、僕に対してそんなことをいう人たちはほぼ0人でした。相手見て言ってる可能性が高いと思う。

その手の発言って、学校とかでもたまに聞いたりしてたので、そんな発言する時点でもう人間関係は終わっているというか、たぶんパワー合戦に突入していると思うんですね。

たいてい、「やる気がないなら帰れ」っていう側が強者の立場の場合が多くて、結局は力づくでいうことをきかせようというだけの話だと思う。

・今後も従えるか?
・いうこと聞かないとどうなるかわかっているか?

の2つの要件以外にないことが多いと思うんですけどね。

たまに、良心的な人もいて、本気で相手のことをおもって心配して言っている場合とかもあると思う。あとは、勘違いしている人たちに対する警告ですかね。

いやいや、こっちもボランティアじゃないので、真面目にやらないのなら、こっちも仏の心を捨てますよみたいな。

理不尽さには、理不尽さでしか対抗できない

「やる気がないなら帰れ」というのは、
相手が「帰る」って選択肢をとれないだろうなという弱みを利用して
発言しているので、

ここで「帰る」って選択肢を見せることは、悪い方法論ではないと思う。

ただ、多くの場合はそうできないので、いつか仕返しという形で感謝の気持ちを合わらすしかないでしょう。

あの時、よく理不尽なことをいってくれた、
あの時、よく殴って注意してくれた、
と感謝されるとかそういう勘違いしている人たちが、

意外と、「やる気がないなら帰れ」という発言をするんじゃないのかなぁと思わなくはないです。

恨まれることはあっても、感謝されることはない気はするんだけど
なんか、違う世界では、感謝されることもあるらしい。

たぶん、文化圏というか価値観が違うという話だと思う。でもって、普遍的な価値観ではありえないとも思う。
というか、普通にパワハラだと思うんだけど…。



「仏の心で鬼になれ」とか、それらしい物語とか大義って作れたりはするとは思うけど、その言葉ですくわれるのは誰なのか?って話で・・。まずは当事者の上司の心で・・・。

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