「やさしさ」というのは、理不尽さに対する許容なので・・・

ベビーカー問題?!を見かけると、いつも年配の人の手押し車とかはどういう風に思っているのだろうか?っていつも思うんですね。

その手の話で良識派?の人たちがいうことってどうも嘘っぽいんですよね。
そもそも、その人たちには「やさしさ」のかけらをあまり感じられないことが多いんですよ。100歩譲って、「やさしさの強要」みたいなものを感じるわけです。

やさしさというのは、そもそも理不尽さに対する許容なはずで、それなのに大義や正論という暴力的な道具をつかって従わせようとするところがどうもなぁと思います。

あと、そんなつもりはないんだけど、子供は大事にしなきゃいけないけど、年寄りは二の次というか社会の役に立たないからどこかに消えてみたいな思想が見え隠れするんですね。

自分たちに優しい社会

自分たちに優しい社会であって、他人には厳しい社会であっても問題ないとおもってそうな雰囲気。

ベビーカーに優しい社会とかいうけど、そのために誰か代わりの人たちが厳しくなる社会でもいいわけか?って話ですよね。
今あるパイは変わらず、その分配を変えましょうって話にしかなってないとおもうんですな。

手押し車の老人

朝のラッシュ時のピークは過ぎたとはいえ、
地下鉄の車内はまだまだ混んでいました。
私はドア付近にいたので、下車するときも一番に下車できる位置にいました。
そのとき、少し離れたところに、下車しようとしている
手押し車を押しているおじいちゃんがチラリと目の端に。
「手伝わなくちゃ」
そう思ったけれど、後ろから降りようとする人波にもまれ、
私は地下鉄の外へと押し出されました。

エスカレーターが終わりにさしかかったとき。
右側を歩いて上ってきていた一人のサラリーマンの男性が、
おじいちゃんと私の横で足を止めました。
そして、男性は、おじいちゃんの背中に手を回しました。
まず私が手押し車を下ろし、続いて男性がおじいちゃんの手助け。
おじいちゃんは、目をつぶって頭を下げてお辞儀をしてくれました。

最後の最後に手を差し伸べてくれたサラリーマンの男性がいたことが
せめてもの救いでした。
「無関心」に、心で涙した朝でした。
でも・・・無関心な人ばかりでなくて、よかった。
サラリーマンのおじさん、どうもありがとう。
Coucou mes amis -フランス便り-:手押し車のおじいちゃん


現実問題、無関心というか見てみぬ振りされる中で、一部の心ある人たちがそっと手助けするっていう感じになっているとは思います。

・・・・

この少子高齢化の時代、育児がしやすい環境を社会が積極的になって作っていかなければなりません。



私をベビーカーに乗せて運んでくれる優しい女性の方は是非声をあげてください。それなりの格好はしてくるつもりです。
それが、育児のしやすい社会を作るための大きな一歩になります。
お願いです。未来の子供達のために、過去の子供達をベビーカーに乗せてください。
心優しき女性たちの勇気ある決断を私は応援します。

ベビーカーに優しい社会を作るために、女性の方にお願いがあります
web.archive.org:ベビーカーに優しい社会を作るために、女性の方にお願いがあります


書いてる内容は理解できないが、なんか「おやっと」思わせる感じはある。

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