社会不適合者というレッテルを貼られたら、部分否定ではがそう!!

社会不適合者ではない、労働不適合者なだけだ

とあるブログの記事をみかけて、ふとタイトルみたいなことを思いました。たぶん、上記で検索すればそのブログは今ならヒットすると思う。

働くのが嫌いなわけじゃない、サラリーマンが嫌いなんだ
結婚できないわけじゃない、収入がないだけなんだ
お金がないわけではない、地道に稼ぐのが嫌いなんだ

いろいろあるんじゃないかな

まあ、部分否定ではないけど、なんか部分を否定しているだけなのに、すべて否定されているかのような錯覚を抱くのと似ていると思う。

社会不適合者 ○ × ○ ×
労働不適合者 ○ ○ × ×

単純に組み合わせとみるなら、上記になるかと思う。

それって、逃げで事実じゃないんじゃないの?

多くの人にとっては労働不適合者になると、同時に社会不適合者の仲間入りになるんじゃないの?という話があるけど、そんな疑問さえも吹き飛ぶ勢いで、断言したら大丈夫なのかも。

それはともかく、言葉で事実は変わるわけじゃないけど、でもメンタルな部分は変わると思う。
メンタル強い人の一部は、こういうのを使ってそうな感じですね。今、思い返してみると。

xxxは悪くない、xxxが悪いだけなんだ
とかもそういう感じでしょうね。

なにかを擁護するロジックにもよく使われるけどね。
つまり、逃げとか事実とか関係なく、普通に使われているテクニックだということだと思う。

2つの言葉?は、たいてい似ているけど、実際には評価基準が違うものを使うのが良いかもと思う。


現実を的確に把握できることは、自身を追い詰める可能性がたかい

成功している人たちって、自信家ですよね。
結果を出す前から、自信家ですよね。

根拠ない自信が、メンタルを維持して、未来を切り開くってことがあり得るでしょう。

自己肯定するのにもつかえるが、人を辱めるのにもつかえる

優秀?、それって会社(職場)内だけの話ですよね?

みたいな。

優秀だけど、会社(職場)内だけの話にしてしまうと、なぜか優秀度合いが低く感じられたりするという心理トリックかも。

批判は悪くない、中傷がわるいんだ

手法としては、似たようなものだと思う。

批判でも中傷のどちらであっても、この件は悪いんじゃないの?という話かなぁと僕が思う時でも、
批判か中傷かの話にすり替わって、ぐたぐたしていく感じの現象もあるとは思う。

「批判だと悪くない」という部分否定的なものを利用されているわけです。

批判でも悪いものがあると示せたとしても、
逆に、それは批判じゃなくて、中傷だとか名誉棄損だとかそういう言葉の定義の話になっていくという
泥沼があるので・・・。

事実や真実なんて、容易に捻じ曲げられると思う。

事実だけど、真実じゃないとか、
真実だけど、事実とはいいがたいとか
そういうのもあるわけで・・・。

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