社会に出て、大人になれるかを心配しなくてもよい

大人になるっていうのは、長いものに巻かれて、生きやすくなるって話のことが多いんだから。

これから社会にでて、この「癖」が出て大きな失敗をしてしまわないか不安だ
予め会話する前から「相手を怒らせないようにしよう!!」と強く念じていれば、そういった言動はある程度抑えられる(抑えられていると思う)のだけれど
元来コミュ障なので、「怒らせないように」ということに頭がいっぱいになって、今度はまともに会話ができなくなってしまう
同じことをよく言われる、あるいは自覚しているという人はどうやって治した、あるいはこの癖を抑えているのだろうか
それとも特別な努力をしなくとも社会に出るといつのまにか自然に自分の言葉をコンロールできるよう…ようは「大人」になれるのだろうか
無意識に人をカチンとさせてしまう


社会にでたら、大人の洗礼?をうけるので、どんな人でもそれなりの大人になれる。
タメ口を聞いてた人でさえも、1年もせずに治るというほどの効果がある。

もちろん、治らない人もいるけど、
治さなくても、生きていける場があるからという場合がほとんどなので、治らなくても問題ない。

つまり、叩かれたら、嫌でも生きていくために、適応してしまうという原理が働くんだと思うよ。

ようは僕はガキなのだ
無意識に人をカチンとさせてしまう


たぶん、違うと思う。
治さなくても困らないから、治さないだけ。

そこまでは言い過ぎでも、上司(同僚でも同じだろうけど)やお客を怒らせたら、自身にそのまま跳ね返ってくるので、適応できない人は、排除されるかも。

弱肉強食の話なので・・・

無意識にカチンとさせる大人もたくさん存在するよ。
つまり大人になれば、治るとかじゃないと思うよ。

無意識に人をカチンとさせてしまう

周囲と協調する必要がないほど強キャラだったんじゃないかと予想。協調しないと生きていけない状況になったら自然とマイルドになったり立ち行かなくなったりするよ。

2015/03/31 17:29

最後まで、意地を貼って貫く人もいるけど、そうじゃない人が多数だとおもうけどね。
でもって、便利な言葉が「大人になった」というものがあって、そういうので意地を張らなくても良いようにする論理を作ればよいだけです。

多くの場合は、自己弁護型の自分可愛い人は、意外と変わり身も早いんで、問題ないことが多いとおもうけどね。

自己分析で無くて、自己弁護になってる時点で、その癖は治らないかも

上手くいえないんだけれど、あとあと思い返してみれば「あのときは相手を挑発したいと思ってやっていたんだなあ」みたいな感じ
「癖」というのが近いだろうか
反射的に挑発してしまう「癖」
おそらく原因は昔から口喧嘩がたまらなく好きなことにあると思う
相手を論破したりするのも好きだけど
そういう結果は大事ではなくて、たとえ最終的に論破されようとも、言葉の応酬をしていると頭の中がカーッと活性化していくような感覚になってたまらなく気持ちいいのだ
だからその快感を求めて、考えるより先に反射的に揚げ足をとったり、挑発的な言動をしてしまうのだと思う
無意識に人をカチンとさせてしまう


相手がどういう気持ちなのかは関係なく、自分の気持ちに正直というか大切にしすぎなんじゃないかなぁと思う。

あと、「無意識」というのは免罪符にならないし、
逆に、「無意識」のほうが、罪重いって思う人たちもいるので用心した方がよいと思うよ。

「無意識」にやっているので、そもそも自己分析による自覚は、あまり意味をなさないと思う。

結局、意識して治すしかないんですよ。
最悪、必要なこと以外はしゃべらないとかそういう路線でもやるしかないんですね。

だって、不快にさせる会話なら、ない方がマシっていうのが、大人の世界にはあったりなかったりするそうだから。

コミュ障といってもいろいろいる

コミュ障だけど、
言葉を選んで、人にやさしい言葉遣いをするひともいますよ。

コミュ障といっても
コミュニケーション弱者という場合もあって、一概にそういう言葉だけで括るわけにはいかないと思う。

周りと融合できるか、融合できなくても強者側の立場に立って、融合しているようにみえるのかという部分が重要な要素だと思う。

皮肉屋で嫌味な人間だからといって、孤立している人ばかりじゃないんですからね。
一部からはそうみられるけど、一部からは賛同?される人だっているのだから。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。