卑屈な精神は、より悪い現状をより悪くする

反ポジティブ教なんですが、
ポジティブ教と似た様なことを書かないといけないことがなんとなく負けた感がしますが、
まあ、事実だと思うので、仕方がないでしょう。

・暗いブスより、明るいブスの方がかなりマシ
・物分かりの良いバカより、物分かりの悪いバカの方が人生お得なことが多い

状況により、何が「卑屈」か?は変わるけど、まあ卑屈な精神は、現状をより悪くする方向に作用することが多いと思います。

物分かりは良すぎると、不幸になるので、
バカでも、そうでなくても、物分かり悪いほうがイイかもとは思います。

バカだと、卑屈になって、なぜか物分かり良すぎるようになりがちなんですね。
だから、周りからバカだと言われるのかもしれないけど・・・。

ちなみに、僕はかなり馬鹿なんで、物分かりは悪くなるように努力しています。
頭が悪いと、どうもコンプレックスが逆作用して、「理解したふり=物分かり良いふり」してしまう傾向にあるかなぁと思います。頭のいい人には分からない苦労だと思うよ(苦笑)

悪いのは、親であり、生活環境にあったのに違いないという卑屈な思い

かわいい友達は、小さい頃から親にかわいいと育てられまともなというか普通の食生活や衛生管理の元育ったのがわかる。
自分が育った環境を呪った。
自分の力でどうにかできるものではなかったと思う。
隣に並ぶかわいい女友達の、どう努力しても勝てないかわいさに時々どうしようもなく嫌になった。
自分のすべてが劣るようで。
かわいさが力関係になると思っていて、もしその友達が自分に何かひどい態度を取っても自分は納得しないといけないと思っていた。
いつか、今の自分を未来の自分が受け止めてあげられるように。
この気持ちを昇華させてあげられるようになっていたい、と思ってこれを書いた。
かわいくなりたい


「かわいさ」の代わりに、
・頭の良さ
・育ちの良さ
・品の良さ
とかいろいろあげれるけどね。

今いる有名なクリエイターは、基本的に金持ちの生まれで、センスのいいものに囲まれて育ってきた人なんだな、
と高校ぐらいの時に気づいた。

周りを見ても、親が金持ちのやつは何に関してもセンスが良い傾向にあった。

学力と親の収入には強い相関があるけれど、
センスと親の収入にも強い相関があるんだなと気づいた。

親が高卒で土方の俺には越えられない壁があった。
自分が創作すればいいのか否かわからなくて辛い。


最近読んだのだと、こういうのも似たような雰囲気なんだけど、こういう考え方が流行ってるのですかね?

相関関係?
因果関係?
がないとは思わないけど、
だからいって、そういう理由に飛びついて、自己肯定に走ると、どうも精神が卑屈になりがちなので
逆に、追い詰められるような気がする。

たぶん、人間性がそれほど悪くないために、そういう思考は卑屈になりやすいんだとおもうんですね。だからこそ逆に追い詰められると・・・。

人間性のよろしくない人なら、卑屈にならなくて、
親や社会や環境が悪いんだと思えた時点で、
自己肯定化もできるだろうし、どよどよした悩みに苛まれることもないんだろうなぁと思う。

卑屈になりやすい人は、周りとの相対評価を辞めるべき

比べる対象は、過去の自分。
過去の自分と、今の自分を比較して評価すべきなんですね。

いくら頑張っても、周りのかわいい子にはかなわないのは事実でも、
過去の自分よりもマシってところが、かなり違うってことに気づけないんですよ。

かわいくなりたい・・・

考え方が卑屈だと、いくら外見がかわいくても、かわいく見えないことが多いとおもうけどなぁ。

「かわいい」という要件は、
恵まれた環境で育ったゆえの、性格のゆがみのなさにもあるってことを分かっていないんだと思う。

因果関係のなかに、卑屈にならない精神っていうのを忘れてるような・・・。

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