グレーゾーンの行為がお得だから、悪いことは辞められない

そんなとき、再発を防ぐためにはどうすればいいのか?罪悪感を持てばいいのか?違うでしょと。繰り返しになるが、罪悪感は反省のきっかけに過ぎない。
罪悪感がいくら強くてもそれは必ずしも自分の悪かったところの反省を意味しない。「謝罪を丁寧にして沢山弁償すればいいんでしょ」と思ってるだけかもしれない。



本当に自分が哲学的な意味で善い生き方をしたいと望むなら、恥や罪の意識に酔うのはもう辞めにして、「自分を直す良い機会だ」とでも思ったらどうなんだろう?
そのほうが潔く「うん、俺は確かに悪かった!」と思えて清々しいのに。そのほうが俺の人生経験から言っても再犯を防げると思うんだが。
恥や罪の意識からごめんなさいするのは、もうやめよう。


再犯を防ぎたいと思っているのは、社会(周りの人間)であって、当人じゃないという時点で、その手の話は意味をなさないと思う。

反省しようがしまいが、結果として迷惑にならなければ、社会(周りの人間)は問題としない。

その行動をすると社会的制裁にあうのが怖いからという動機であろうと
倫理的に、道義的にしてはいけないことで、恥じる行為であるという動機であろうと
メリットがなくなったからもうやらないという動機だろうと
関係ないとは思う。

罪悪感を持たせるのは、意味はある

悪いと思うことは、見つからないように、こっそりやるわけで・・・。
悪いと思っていないことは、堂々とやると思うが・・・。

この時点で、やっていいことなのか悪いことなのかは、実は分かっていると解釈すべきで、
あとは、やってはダメなことをさせないためにはどうすればよいか?って話で・・・

罪悪感はなくても、倫理観みたいなものはあって「悪い」という認識があるわけで・・・。
倫理観はあっても、平気できるだけ。

企業(法人)の再犯を防ぐためには?!

人(個人)だといろんな感情がまざってややこしくなるので、法人で考えてみればよいのでは?

社会に迷惑をかけたことを反省しているのか?
それとも、法人としてダメージを食らったことを反省してるのか?
という2種類の反省があるが、
どちら反省が正しいということはないとはおもうけどね。

罪の意識を・・・・

どうも人は殺人事件のような話になると感情的になって、犯罪心理を理解しようとしない。また理解をうながしても「理解したくもねえよ何眠たいこと言ってんねやヴォケ」と罵声を浴びてくる。
あのね。目の前の事件に感情をぶつけるだけでなくて、冷静に再発を防ぎましょうよ。再発を防ぐには理解が必要なことくらい分かりますよね。



でも、罪の意識を植え付けさせることばかり躍起になって「反省させない」「再発を防ごうとしない」風潮にも問題あると思うんだよな。
恥や罪の意識からごめんなさいするのは、もうやめよう。


犯罪心理を理解しても、別に解決できるとは思えないが・・・。

社会として再犯を防ぐという路線なので、犯罪者?の心境なんて究極どうでもいいわけだとおもうんだけどね。

犯罪者に、二度と同じことをさせないようにしようと働きかける方法は
「罪の意識を感じさせる」という手法があるとは思う。

ただ、これにもいろんな側面があろうかと思う。

・当人の良心に訴えかけて、本人の意識を変えさせる方法
・当人の良心に依存しないで、社会的制裁や恐怖などで、本人の行動を変えさせる方法

で、どっちにも限界があります。
もちろん、ほかの側面もあろうかとは思います。

厳罰化は、「社会的制裁や恐怖などで、本人の行動を変えさせる方法」だと思いますが、それが通用しない人(犯罪者?)もいるのは事実でしょう。

で、そういう人には、仕方がないので、社会としがらみに絡み取らせて、社会と利害関係を一致させる方法があると思うのですが、そういう時に、心理?とかが重要になるだけのような気がします。

社会としては、排除したいとおもうけど、倫理上、人権上ゆるされないので無理かとは思う。

集団を感情的にさせて、魔女狩りみたいにさせる

これも一種の、社会の治安?を維持する方法。

そのためには、犯罪者は悪くなくてはならないんです。
安易に理解できるような存在であってはならないのです。

魔女狩りシステムは、権力者や資本家連中に向かない限り、社会秩序を守るのには?統治するのには、便利なシステムだと認識されている可能性はあるかと思う。



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