僕たちは、ネットでは誰もが「当たり屋」になりかねない

こいつを消したい。奴がそう思ったら、攻撃は始まる。
「お前のツイートは俺への攻撃だ!批判された!マウントされた!
こんな侮辱は許されない!名誉毀損だ!訴える!
お前は加害者!差別主義者!皆ーきてくれー俺がいじめられてるぞ!
批判されてる!怖い!傷ついた!おい、謝れよ!
俺はしつこいぞー!俺のバックにはネット有名人がいるぞー!
謝らないとどうなるか分かってるんだろうな!謝れ!」
名前を言ってはいけないあの人のやり口


ネットでは、どんなに理不尽なことを言われても関わらないほうが100倍マシということがあるので、この人ちょっと怪しいなと思った場合は、論理的にやり込められるとしても、スルーしておいたほうがよいと思う。

大儀や正義がこちらにあっても、スルーして様子を見ておいたほうがよいと思う。多くの場合は10日もたてば、ネット上では一昔になりかねない状況なので、しばらく様子をみるのはいい方法ではあるかと思う。

早急に対応するという方法ももちろんあるんだけど、それは不特定多数の人に対応しているという形を取ったほうがよいかと思う。記事を修正するとしても、特定の人に対する反論とか要望とかを取り入れるのは、粘着される致命傷になりかねないので・・・。

可能なら、過去のトラブル事例とかを探したほうがよい。「当たり屋」的な人は、今回が初めてというケースはごくまれなんだから。ただ、著名人?でない限り、過去の事例を探すのは難しいとは思うけどね。

で過去のトラブル事例で、なんか毎回表面上だけでも勝ってそうで、相手がひどい目に合ってる場合は、その善悪を度外視して、かかわらないほうがよい。

一種の何らかのプロなんだから、素人が全力で対応しても負ける可能性があるから。この手のプロは、なんか相手に非がありそうな気がして、勝てそうに思わせるのもうまいと思う。でも、実際戦うと、持久戦という方法論であっても、勝つためのコストがかかりすぎるという可能性が高い。

僕たちは、ネットでは誰もが「当たり屋」になりかねない

僕(私)は違うという人もいるとおもうけど、そういう人はそう思っていたらよいと思う。

ただ、僕が思うのには、僕も含めて多くの人がネット上では「当たり屋」的な行動をしかねないという事なんですね。

中には、「当たり屋」にはなってないけど、巧妙なやり方でほぼ同じようなことを実現している人たちもいるわけで・・・。

だって、ブランドイメージを持っている人はそれを守らないといけないだろうし、またそうでない人でも自尊心を傷つけられたら平気でいられないと思う。

そこまでいかなくても、なんとなくこの人嫌いとか、この人の書く記事が嫌いとかいう場合もあるかと思う。

そういう場合に、単なる記事に対する批判で終われるのか?という部分が多分にあると思うんですね。

他人事だと、個人的な嫌いは嫌いでおいておいて、周りにその嫌いを広げたり、理屈や倫理を導入してあれこれ言わなくてもいいのになと思わなくはないけど、

当事者になれば、そんなキレイごとなんて、理性では分かっていてもなかなかその通りに出来ないものだと思う。

誠意が伝わらなそうな相手に、誠意を尽くしても仕方がない

2,3度やり取りして、なんか無理そうだなと思ったら、かかわらないほうが100倍マシということもありえるかも。

数回でもかかわってしまうと、スルーするというのは難しく、ますます相手を怒らせる結果になるとは思うけど、それでも、それ以上関わると、今以上に損害が大きくなるという場合も多い気がするので、交流を断ち切る。

また、謝罪するときは、何に対して謝罪するかを明確にしておいたほうがよい。

不快にさせたことを謝罪するとかその程度にしておかないと、一度の謝罪が、なんか都合よく相手のいいように適用箇所を広げられて、あれこれ要求がだんだん大きくなることもあるかも。

文章の本意(主題)以外のところで批判・非難されてもスルーしておいたほうがよい

そもそも、相手にこちらの価値観と論理では意思をうまく伝えられない可能性が高いので、対話することはトラブル材料を増やすだけだから。

相手に悪意があれば、その罠にはまる結果になるだろうし、相手に悪意がなくてもトラブルの材料を増やすのは問題を拡散されやすいので面倒になりかねないから

当たり屋にならないためには

ある一定のところで、追及の手を弱めて許容してあげるほうがよいかと思う。

周りから、怖がられる存在になりたいのなら、当たり屋的でよいとおもうけど、たぶんだんだんマトモな人はスルーしてくると思う。最終的には、表だって誰も批判してこないとおもうけど、不快に思っている人たちの人数が増えているために、なんか落ち度があった時に、一気に逆襲にあうかも。

一種の恐怖政治みたいなもんだから。

「当たり屋」的なブログ手法

ヒップホッパー(ラッパー)で人種差別や貧富の差の不満をリズムに乗せて歌われていたことから始まったと言われている。自身の実力を見せ付けるためにディスったり、ディスり返したりすることもある。ヒップホップシーンでは大小さまざまなbeef(論争)が発生し、互いをディスりながら拡大・成長している。

「ネットスラング」の一種で、最近では「今俺のことディスった?」などと軽く使われる事も多い。

ディスるとは - はてなキーワード


ディスるという手法もあるみたいなんだけど、この手法は「当たり屋」的になりかねないので、さけたほうが個人的には良いと思うけど。

ちょっと書き方を工夫すれば、「当たり屋」的ことをしなくても良いのなら、そのほうがよいですよ。

ネットでは昔から言われてきてるけど、
議論とか対話とかには、ネットというメディアは向いてないんだと思う。

日本人だからとか関係なく・・・。

当たり屋

当たり屋(あたりや)とは、交通事故の損害賠償金を取得する目的において、故意(未必の故意を含む)に交通事故を起こし、当該目的を実現しようとする者を言う。
場合によっては偶然を偽装して行う場合もあり、その場合には過失(認識有る過失を含む)による交通事故との弁別が法律上も立証困難になる。
当たり屋 - Wikipedia

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