ネットは、つまらない人にも光があたることがあるから、素晴らしい

厄介なのは、この手の空っぽなブロガーに限って、
自分のブログの価値を信じて営業活動をすることだ。
「アクセスアップ」等の言葉で検索してみると、
雑記ブロガーらが、自分のブログのアクセスを増やすために、
様々なノウハウを考え、実行しているのが分かる。
凡人の陳腐な雑感を、多くの人に読ませようとしているのだ。


 
学識が無い人の論考はいらない。
アニメやラノベの感想もいらない。
マイノリティごっこや痛い人ごっこもいらない。
 
はてなで有名になりたかったら、創作者や専門家になってくれ。
No more はてなブログ


正直、この手の論調って読んでいて疲れる。
価値がなければ、生きている意味がないとかその路線の用で・・・。

ネットは大衆化されたとはいえ、「つまらない人にも光があたることがある」という点では昔と変わらない面があるのかなぁと思う。

確かに人数も増えて、競争相手が増えて、つまらない人に光があたる確率自体は減っているんだけど、現実社会と比べれば、十分その役目は果たしていると思う。

村で一番とか
クラスで1番とか
職場で一番とか
そういうのでも、やっぱり、存在価値を見出しやすいんじゃないかなぁと思う。

村をでれば、
ほかの地域の学校と比べれば
世界でみれば
その一番なんて、ただのゴミに思えるかもしれないけど、でもそれで救われるというか
楽しく人生を過ごせるのなら、イイんじゃないの?と思う。

はてな村で有名とか
はてなブログでそれなりのアクセスがあって影響力があるとか
今度、本だしましたとかあれば、
現実世界で無職でお金に困っていても、救われたりするんじゃないかなと思う。

無職でお金に困っていると書くと分かりにくいかもしれないので
ここで、平凡なさえないサラリーマンでも
平凡や主婦とか
平凡なインテリ女性とかでもなんでもいいとので当てはめればいいと思うよ。

「現実では、平凡でさえないxxxx」

平凡でさえないがわかりにくければ、
周りに才能を理解されないとか、周りに評価されないとかそういうのでもいいかと思う。

ブログ書く人の多くは、たいていはつまらない人

昔でいうと、パソコン通信なんかしてるの?暗くない?とかそんな感じかも。

多くの人がやりだしたので、そうは言いにくい雰囲気があるだけで、また一部にはすごい人が混ざってたりするだけで・・・。

だって、クラスに、職場にいる人の中で、つまらなくない人、平凡でない人がどの程度いるか?って話です。

もちろんいるとか肯定的に感じる人もいるとおもうんだけど、肯定的に感じる人は、そもそも、ブログを書く人にはつまらない人が多いとか言いださないんですよ。

そんなな条件をみたすのなら、ブログを書く必要がない

パソコン通信をやっていた人たちはどういう人たちか?というのと同じで、
ブログを書いている人たちの多くはどういう人たちなのかを考えればよくわかると思う。

ブログで、稼ごう系のノウハウが本とかにも普通にでてるし・・・

はてなブログでさえも、SEOに強いですとか代弁させる形で?公式?にいっているし・・・。

寄稿:はてなブログのSEOが優れている7つの理由と、さらにSEO効果を高める5つのTIPS - はてなブログ開発ブログ

つまり、つまらない人が光が当たっている状態をみれば、ある意味、努力を保障された気になるので、ブログを書き続けることが出来るかと思う。

平凡でつまらない人たちが、夢と希望を見いだせるところなんでしょう。

アドセンスとかで考えればよくわかるかも。
具体的に、この程度儲かってますとかでてきたら、
将来の5千円、1万円のために、今頑張って記事を書かなければという気分になるんじゃないのかなと思う。

だって儲かりそうなことが保障されてるんだったら、頑張れるというパターン。

お互いに、褒めあうことでも…

つまらない人同士で、お互い褒めあうことでも、まあ光が当たりやすいんじゃないかな?と思う。

TV番組だって、つまらないものが多いのに

なぜ、ネットだけが特別だと思えるのか?

でも、ネットが純文学や専門家の論文であふれだしたら、
内容は素晴らしくても、別の意味でつまらないと感じる人たちが続出するのでは?

だってさぁ、読者はつまらない平凡な人たちなんだから。
僕もその一人だけど・・・。

でも多くの人は、つまらない平凡な人の癖に、自らはそれほどつまらない人間でないと思っているだけ・・。

たぶん、平凡でつまらない自分よりも、ほんの少し上の「平凡でつまらない」ものを求めているだけなのかも。でも、上すぎると理解できないので、面白くない。

この論理が正しければ、大衆は平凡でつまらない人がほとんどなので、どこに基準を置くかによるが、結局はつまらないものに成り下がる傾向にあるかと思う。

そもそも素人に、プロの一面を要求するのは無理があるような。
いくら友達に面白いやつがいても、それに芸能人並のなにかを求めたら、筋違いってことかも。

その友達が面白いのには存在価値があるけど、でもそれは普遍性があるほどの価値はないってことだけだと思う。
ブログって、そういう一面もあるとおもうし、だからこそ素晴らしいのでは?

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