「コミュ障」でも、強者側に立てば問題ない

コミュ障すぎて、周囲からは「こいつおっさんのくせにしょうがねーな」って軽蔑されてるんだろうけど、プログラムに関してはいろいろ相談されるしな。
才能って言っても、ベンチャーでバリバリやってるような人とか、ブログでプログラミングの記事を書いてるような人に比べたら全然なんだけど、底辺のIT会社はびっくりするくらい技術レベル低いから相対的には能力高くなってる。
プログラマーの才能があってよかった


営業職で働くのと、工場系で働くのとでは、同じコミュ力を要求されるわけではないという当たり前の話で、コミュ力を必要とされないところにいけば、コミュ障でもあまり苦しまなくてもよいのは事実だと思う。

コミュ力を技術力に置き換えれば、よくわかるかと思う。
技術のない人は、技術力のあまり要求されないところにいけば、そういうので苦しむことはないのと似たようなものだと思う。

コミュ障というあいまいな言葉

例えば、肉体労働者系特有のコミュニケーション文化があるとして、
そこに、頭脳労働者がコミュニケーションを取る方法は、

1.相手の文化に合わせる
2.こちらの文化に従わす

の2通りあるわけで、どちらの方法でもうまくいけばOKで、うまくいかなければコミュ障といえるかと思う。

ただ、コミュニケーションには、強者と弱者に分かれる場合が多くて、強者側は悪くないとされるのが通例であるので、上記の場合でうまくいかない場合、仮に肉体労働者のほうが弱者側なら、そちらの方にコミュ障というレッテルが張られる。

プログラマーは、コミュ障が意外と多い

職人気質で、サラリーマン性があまりないとか、ビジネス感覚があまりないとかでも、おかれている状況では十分「コミュ障」だと思う。

ただし、プログラマー同士はプログラマー特有のコミュニケーション文化というのものがあって、そこではコミュ障ではない場合もある。

感情表現が苦手な部類の「コミュ障」は、「プログラマー特有のコミュニケーション文化」と相性がよいかもしれない。

「コミュ障」というのは、ある意味、周りが、あいつは迷惑だというレッテル貼りに近いものがあると思う。迷惑がかからなければ、無口な人、繊細な人のレッテルになるはずなので・・・。

役に立てば、少々の「コミュ障」は問題とならない

技術力がある「コミュ障」の人に、どうやって相談するのか?といえば、もちろん相談する側が頑張って合わせるわけである。

「コミュ障」というのは、弱者であって、強者側にたてばそのことは問題とならないか、問題とされない。

「コミュ障」でも、強者側に立てば問題ない

強者側にたてないと、やっぱり厳しい面はあるかなと思う。
プログラマーでも「技術力」という力で、「コミュ障」でも強者側に立てる場合もある。

プログラマー
・技術力あり、コミュ力ある
・技術力なし、コミュ力ある
・技術力あり、コミュ力なし
・技術力なし、コミュ力なし

順番は微妙なところもあるけど、プログラマーでもコミュ力あるほうが、技術力あるよりもお得感はある場合が多いとは思う。

昔でいえば、ごますりが上手いほうが出世しやすいのと似たようなもの。

結論から言うと、ゴマすり男は出世します。人間、好きな人を依怙贔屓するのは当然ですから。
ゴマすり男は出世するか 上司の謎、部下の落とし穴:PRESIDENT Online - プレジデント


この場合の、コミュ力とは、うまく強者側にたてる能力のことだと思う。

人には、自分の居場所を見つける「才能」がある

・技術力なし、コミュ力ある

プログラマーの間?では、上記の用な人を批判?非難?する傾向にあるとはおもうけど、まあ、「コミュ力」という力を利用して、自分の居場所を確保しているだけだと考えることもできる。

・技術力あり、コミュ力なし

技術力で、自分の居場所を確保しているのと、どの程度違いがあるかなんですけどね。

・技術力あり、コミュ力ある

そんなに数多くはいないと思う。
プログラマーの間では、問題ないコミュ力でも、それ以外だとそのレベルでは通用しない場合もあるから。
コミュ力というのは、人間関係による部分ですから、当然そうなるかと思う。

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