本当は、何が「嫌なのか?」をはっきりさせないと、起業しても幸せになれないかも

本当は何が嫌で許せないのか?

たぶん、若いころの起業は、思い込みと勢いでやっても痛手を受けても何とかなることも多いようだけど、若くない人がその方法で起業するとどうなるのだろうか?という疑問みたいなものがある。

若い、若くないという分類は難しいが、現在あるものが大きい人ほど、失ったことに対する後悔というのは大きくなるという心理作用がそうさせてるのかもしれないと思う。

そういう話は置いとくとしても、転職とかと同じく、「本当は何が嫌で許せないのか?」という部分を大事にしないと不幸になりそうな気がします。

転職しかないと思い出すと、もう、転職を肯定する理論しか組み立てられなくなるのと同じように、起業もにたような性質があるかなぁと思います。


報酬の低さが、嫌だ

プログラマーのサラリーはレバレッジされない
プログラマーとして平均の20倍の生産性を叩き出したとしても、報酬には重いフタがのしかかっている。
何故プログラマーは起業に追い込まれるのか

会社に就職する前は、自分で会社をやっていたので、僕はこの「会社へコミットする」という行為の意味が最後まで理解できませんでした。自分が経営する会社であれば、それこそ365日24時間自分の持てる力を全て投入するというのも十分理解できるのですが、雇われているという立場ですと、どんなにコミットしたところで給料の額がちょっと上がるぐらいです。仮に会社に100億円儲けさせても、その報酬として10億円ぐらいポンと貰える、というようなことはありえません。こういった、会社員の限界のようなものが、個人的にはどうしても受け入れられませんでした。会社が上場を目指しているベンチャー企業で、ストックオプションの割り当てがあったりしたらまた違ったのかもしれませんけど。
会社を辞めました - 脱社畜ブログ

明らかに低いという以外にも、主観的に低いだろうと思うこともあろうかと思う。

世の中、経営者視点でとかいうのが流行りだけど、報酬関係においてはそういう視点で見れる人はすくないと個人的には思います。まあ、はっきり言うと、上記のように考えるのは経営者視点では普通だと思います。

経営者視点と言いながら、経営者に都合のよい考え方を受け入れてるだけだとか、現状の理不尽さを納得させるための視点に成り下がってるのかもしれません。

無駄な作業を強いられるのが、嫌だ

一方で、起業することでそれをカバーするのは、ちょっと難しいように思えた。
というのも、起業すると、たぶん組織内で働くプログラマーと同等か、それ以上の負担が生じる可能性があるように思えるからだ。
コードに集中したい人はたぶん、起業するよりも、良き理解者と一緒に働いた方がいいと思う。 - 感謝のプログラミング 10000時間

・起業すると、ますますコードを書く作業から遠ざかる可能性がある
・IT関係の勉強以外のものも要求される


そもそも、我慢するのが嫌だ

なぜ優秀な人は、起業に追い込まれるのか?
・理不尽なことを我慢できないから
・理不尽なことを受け入れることができないから

そんな感じじゃないかな?と思う。

でもって、凡人の人たちが、「その理不尽さは世の中の道理である」みたいな論理を展開してくる感じかなと思う。
どちらが正しいかどうかなんて、僕はしらないけど。

強迫観念的な思考にとらわれると、一方向にしか考えられなくなる

一年後の状況すらまるで読めないこの業界では、学習を止める事がそのまま死に繋がる。
何故プログラマーは起業に追い込まれるのか

走り続けないと、死ぬという感じの強迫観念。
実際には、走り続けるほうが、実は死ぬ。

そんな馬鹿な?と反論することは可能なんだけど、それってたんなる「自転車操業」的なものと同じだといえば、感じ方がかわるでしょうか?

1年間、デスマに追い込まれて学習する時間がない人もいるが、その状況をどう考えるかですね。

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