人材を教育でなくて、選別で確保しようとするところには要注意

負荷をかけて能力をあげるのは、「教育」か「選抜」か?によって違うかと思う。
不幸になりたくなければ、後者の会社を選ばないことです。

後者の会社を選んでも、自身の「体力」「能力」特性を理解して、限界を超えてるなと思う前に逃げ出すことです。超えてるなと思った時点では手遅れ1歩手前ってことが多いので、気を付けるように・・。

「教育」路線だと、「つぶれない」ように負荷をかえたり、個人特性によって負荷のかけ方をかえたりする場合が多いので、そういう面も違うかなと思います。

まあ、ホワイト?企業でも、よろしくない上司に引っかかったりすると、「選抜」みたいな教育を受けかねないとはおもう。

「選抜」路線だと、使い捨て路線なんですね。使えない奴は捨てて、使える奴だけ確保するという路線。

自身は、本当は能力がある、もっとできるはずと思う場合は、要注意

限界の見極めが自身でできない可能性があるからです。

(よろしくない?)精神的な教育?を受けてる場合は、特に、そう思わせられてる可能性があるわけです。

まあ、能力のないといわれるよりも、希望をもてて頑張りがいがある論理なんですけどね。

できない社員の扱い方を見ると、その会社の特性がわかる

下のYoutubeの渡邊社長のインタビューを聴いて、納得感があった。
「無理をすることで成長する」
「愛情」として、追い込んであげているようにもみえる。
たしかに、出来ないヤツ、は辞めればいいのであって、こういうトップは居ても良いのじゃないのだろうか。
ワタミはほんとうにブラックなのだろうか??良き経営者としての渡邊美樹

マウスのストレステスト実験しってる?
すごく簡単に説明すると、与えるストレスを上げていくと、
1 一定レベルまでは能力が向上するけれど、
2 一定レベルを越えると急激にパフォーマンスが低下し、
3 さらに一定レベルを越えると、死亡率が急増する。
こんな感じになる。 そういうのを踏まえて、2とか3にならないように、
人が健全な環境で能力を発揮できるように国が労働基準法を設定してるわけね。

あなたが「ワタミ間違ってない」言っているのは1の範囲の話なわけ。
http://anond.hatelabo.jp/20140519144535


個人的な主観では、「できない社員」の扱い方で、その企業がブラックかどうかがよくわかると思う。

次に、教育が、精神的なものであるのか、それとも実務能力的であるかにも違うと思う。ブラック企業の多くは、前者を教育と称していることが多い。まあ、軍隊のように民主的?なものを排除したほうが、効率がいいのはたしかなんだから。

愛社心と服従精神があるほうが、使いやすいし、組織として動かしやすいのは明らかでしょう。

1つ目の理由は、民主的であるがゆえにコミュニケーションコストが爆発的に増えたことです。
2つ目の理由は、「話し合い」を重ねることによって、とんがった意見がすべて丸くなってしまったことです。
「民主的なチーム」が崩壊した話 | サイボウズ式


ブラックか、ホワイトか?

うちは、ブラックでないので、ホワイトです
うちは、ブラックでないので、グレーです

まあ、程度問題もあるので、その「程度」をどうとらえるかによるかと思う。

精神的な教育?もどこの企業でもやっているといえばやってるけど、その程度加減で、普通かそうでないかを区別するわけで、やってるということだけではおかしいとは言えない現状があるとかと思う。


カリスマ性のある経営者のもとで働くと、気持ちいいよ

ある程度、能力があるというか、その会社でなんとか働ける「能力」「体力」がある人にとっては・・・。

「能力」「体力」がある人にとっては、苦労(つらい)ことがあっても、カリスマ的な言動は、かなり心地いい場合が多い。実際、僕も心地よかった。

まあ、利害関係はなくても、カリスマ性のある人の発言には気を付けたほうがよいのは事実だと思う。

「美人に騙されるな」とかと似たような感覚だと思う。

コストと権利

・(労働者の)権利を乱用されないようにすると、コスト(人件費)が下がる
・(労働者に)権利を利用させないようにすると、コスト(人件費)が下がる
・自主的に、(労働者に)権利を利用させないようにすると、コスト(人件費)が下がる

精神的な教育は、こういう面でも有効である。

悪徳金融から、金を借りなければよい

「ブラック企業で、働かなければよい」

似たような感じの論理。


主語がいつの間にか変わる場合は、注意したほうがよい

「無理をすることで成長する」
「無理をさせることで、成長させる」

この2つは似ているようだけど、違うということ。

主体(主語)がどこにあるかで、話は全然違う。

経営者として、間違っていない

非常に美しい逸話だけど、一人のビジネスパーソンとして見ると、「経営が宗教化していくと、社員は賃金と関係なく働く」 という一面も幸之助さんの脳内にあったんじゃないかと思ってしまう。
ワタミとパナソニックを例に考える、ブラック企業とは何なのか【連載:村上福之】 - エンジニアtype

なぜか、経営者の一部(多く?)は、松下幸之助氏の経営理念を学んでいたり、好きだったりするわけだが、でもそこになにを見ているかはわからないなと思う。

それはともかく、「松下幸之助氏の経営理念」を学んでるのに、会社がブラック気味というのはありがちな話です。



まあ、僕は、労働者階級なんで・・・

労働者からみて、「経営者として間違っていないか?」にしか興味ない。

これ、経営者から見て、「経営者として間違っていないか?」というのとは全然違う。

これも、いつの間にか、主体(主語)をすり替えると、勘違いさせやすくなると思う

「労働者として甘えてる」という論理と
「経営者として甘えてる」という論理とは
裏表になりかねないと思うので・・・。

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