人は、見た目の良さ(外見)に騙されやすいが、論理(言い分)の美しさにも騙されやすい

「ブログで批判的なことを書いてるのに、自身は批判されたくない」という都合のよさは、ダメなのか?

・ブログで批判的なことを書いてるのに、自身は批判されたくないという都合のよさ
・ブログで他人をさらしているのに、自身はさらされるのは嫌だという都合のよさ

一貫性、論理性、ダブルスタンダードとかなんかその手の感じで、鋭い指摘したみたいな、決定打的だとか思う人も多いようなんだけど、それは錯覚だと思う。

この場合は、批判と中傷とは区別されにくいのを利用していたり、また晒す(引用する、RTする)行為も、そのやり方、方法、影響などを度外視していっしょくたんに論じてるてんで、まあ、ある意味、ミスリード的にごまかしが入ってるんじゃないかな?と思う。


別々のものを、統一性、一貫性という名のもとに、同一に並べて比較するというのは、ミスリードさせやすいと思う。

人権人権と叫ぶのなら、そもそも犯罪なんて起こさなければイイんだよという的なある意味、短絡的な思考なのかもと思う。

いやいや、お前のほうが短絡なんだという人もいるかと思うけど、そういう手法が、今回、問題としている手法です。

犯罪を犯したことと、人権とは、関係ないとは言えないが、もしかすると別個のものかもしれないということですよ。

また、人権がある、ないという基準でなくて、人権をどの程度認めるか、制限するか?という思考のほうが妥当なのに、ミスリード的になりやすい論理は、前者を選択するんですね。

xxxという都合よさというのは、まあ、私から見れば、人格批判の系統が多いとおもうけど・・・。別に人格批判が悪いというわけでなくて、無自覚にそうしてるのがちょっとなと思う。まあ、自覚していたら、性格悪いんだろうなと思う。


※まあ、妥当な指摘もあるとおもうけど、それを利用して、そんなことはないと全面否定するのは、今回指摘している手法


私は、あの人を犯罪者だとは言っていません。

ちょっと、怪しいとか不自然さがあるといっただけです。

まあ、そういうのもわからなくはないけど、この場合の問題は、犯罪者といったかどうかでなくて、あなたの発言でこちらは、嫌な思いをした、被害をこうむったという部分を理解してほしいという部分はあるかと思う。

いやいや、私は正しいんだから、そんなことまで知らないっていうのが、どうなんだろう?とちょっと思う。でもって、言いがかりは辞めてくださいとか、モンスターとかクレーマーとかそういう感じでレッテル貼りだすのは・・。


こういう亜流というのはたくさんあるんですね。

中傷でなくて批判ですとか、事実を書いてるだけですとか、そういう感じのものです。「xxxしただけ」ですという発言の場合は、たいてい、その行為に何らかの問題を抱えていると考えて間違いないと思う

・上司の命令に従っただけです
・法律を守っているだけです

そういう感じ。

・引用して、例としてあげただけです
・解説しただけです
・感想を書いただけです


とか・・・。

人は、見た目の良さに騙されやすい

それと同じく、論理の見た目の美しさにも騙されやすい。

そういう意味で、外見と同じで、口達者?のほうが有利。

もっともらしい物語(美談みたいなもの)に、騙されやすいみたいな感じだと思う。

美談の場合は、9割が嘘でも、1割本当なんだからという肯定的な見方をする人が多いが、非美談は、9割が嘘なら、この嘘つき野郎という感じになりかねないと思う。

これが、見た目の良さに騙されるという現象だと思う。

実際には、そういう現象を観測できるのかどうかは、僕は知らない。また、騙されることが悪いとも言い難いとは思う。それはミスリードするのが悪いとも言えないというのと同じ。ただし、ミスリードしたくない人にとっては、悪いことなんだと思う。


僕は、近年、論理的だと思ってるの?という人がイラッとくる

「あの炎上は事故みたいなもんだよね、言ってることはそんなに変じゃなかったよ」なんて話をしつつSNSでつながることに。
それでわかったんだ、彼が炎上した理由。


こういうイラットポイントが炎上マイレージにポイント変換されることで、先の炎上案件は起きたのだろうなぁ。
そして、そのイラットポイントを相手にためていることを本人は理解していないというのが恐ろしいところ。
自分も同じことをしてないか我が身を振り返るべきだなぁと思った。
炎上する奴ってやっぱ本人の問題なんだよな

ブログの書いた反応みたいなもので、なんかイラッとくることがあるんだけど、そういう時は、その発言者がどう思われているかをGoogleさんで検索かけてみることが私の場合は多い。

で、たいていは、その発言者を批判してたりするものはなかなか見つからないんです。まあ、イラッとくる理由は、その指摘が的確(ズバリ)だからというのではなくて、見た目の論理の美しさを備えているのがイラッとくるんですね。正しすぎる正論を投げつけられた感じで…。

でも、かなり時間をかけると1件とか数件とか見つかって、同じことを感じてる人がいるんだとおもって、心の安定を図るわけです。

まあ、実際、現実世界で3日ほど忙しくなにかをしていれば、吹き飛ぶようなことなんだけど、そういう時に限って、たいして忙しくなく・・・・。

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