「反省会をすることが素晴らしい」という考えは、手段と目的を取り違えやすい

つまり反省会とは、当該の活動が終わったあと(主に)ネガティブなポイントについてピックアップするという行為において、その活動が参加者の自主的な行動の動機づけや前向きな姿勢に対して適切ではないと考えることもできます。

もちろん課題をピックアップすることは重要ですし、同じ間違いを繰り返さないために必要なことですが、仮に揚げ足を取るような形になったり、過ちを執拗にあげつらって指摘することなどは全く生産的でないと感じます。
反省会を行わないという選択 « HPSTYLING BLOG HPSTYLING BLOG


目的はなにか?を忘れると、反省会が上手くいかないときに、良くない方向に進みがちである。まあ、反省会が上手くいくなんてことは、あまりないと僕はおもうけどね。

反省会が上手くいく場合は、反省会をしなくてもうまくいく場合がほとんどだから。

また、コミュニケーションと反省会は、全然違う。

現実問題には、うまくいかないことほど、そのことが素晴らしいと思い、多くの人がそうすべきだと考え出すんですね。

じゃぁ、活動?の後に反省会しているところでは、うまくいってるの?というと、そうではない統計データ?があったりするんだけど、そういうのは目に見えないんですな。


ケースわけ

A:多くの人がやっていることで、実際にうまくいっていること
B:一部の人しかやっていないが、実際にうまくいっていること

C:多くの人がやっていることで、実際には、うまくいっていない
D:一部の人しかやっていないが、実際にも、うまくいっていない


Bという情報が、価値高いように感じるんだけど、Dとの区別がつきにくい。

通常は、Aを採用すべきだけど、多くの人がうまく解決できていない問題には、Aがありえない。

こんな感じです。

Bを話す人には、無意識の自慢みたいなものもあるとおもうので、実際にはDだっても、そういうのはなかったことに・・・。

この変形系は、多くの人がやっているが、一部の人しかうまくいっていないケースです。

あと、うまくいっているのが、たまたまということがある。最初に書いた、反省会をしなくても、一緒というパターンですな。


懇親会

反省会をやらずに改善するのは、どうするの?ということで、多くの場合行われてるのが、「懇親会」とかそういうたぐいのことですね。

まあ、活動とは違う場を作るというのは同じでも、その性質が違うかと思う。

関係性を大事にするのなら、懇親会
ビジネスライクに改善していくのなら、反省会

みたいな感じかもしれません。

まあ、名前で決まるものでなくて、実際に行われている内容で判断されるべきかと思います。

勉強会といいつつ、飲み食いしかしてないのなら、勉強会じゃないという具合に・・・。

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