「コピペの何がいけないのか?」本質ってどこにある?!

書いていることには全然自信がないんだけど、
なんかみんな、大学で真面目に勉強するのは当然で、真面目に勉強してないなんて言い出せない雰囲気になってるような・・・。


ダメというのは簡単だけど・・・

たぶんね、本当は「コピペがダメ」というのがわかりやすいんだけど、現実世界はそうはなっていないと思うんですね。

たとえば、社内文章では許されることでも、社外文章では許されないことのように、その倫理的?基準って状況により変化すると思うんですね。

家の引き出しから親の金をくすねるのと、学校の職員室の机から金をくすねるのでは、どっちもダメなんだけど、ばれたときの問題の大きさが比較にならないという感じじぁないかなという話。

やってはダメだというのが倫理観でなくて、なぜだめで、どういう影響(リスク)があるかというのが、ある意味、倫理観なんではと思う。


理系学部生の実験レポートのコピペ問題について

早稲田の理工に入ると、1年生の実験が始まる。週1回の実験で、レポートや試問が課され、それをまとめる必要がある。また、2年生になると学科別の専門的な実験が始まり、レポートの量も増え、求められるものも増える。レポートはダメなところがあると再提出になる。ひとつでもレポートが提出期限を守れていないと即留年である。規則は厳しい。


切り貼りする手間がないときは、一字一句同じレポートが作られる。写経である。
早稲田大学の理工系におけるコピペ文化について

実験レポートで、一番ダメなのは、実験しないで実験結果をどこかから丸々コピーしてしまうことだと個人的には思います。理想はコピペなしで実験レポートを作成することだけど、絶対に許容してはいけないラインというのがあるのなら、そういう部分だと思います。

分野にもよるんでしょうが、毎年同じような実験でも、実際に実験をやったかどうかわかるようにしているところもあると思います。また、人数が多い学部でも、同時に似たような実験をしてるんだけど、結果が微妙に違うようになるようにしてるように、私は感じました。

・実験結果
・考察部分

このあたりは、コピペはダメでしょう。

実習の実験レポートなので、実験方法とかその他もろもろは、結局は同じになるし指定もされてるので、その部分については、コピペか写経、レポート丸写しになる可能性が高い気がします。

コピペ文化で育ってきても、レポート写しで育ってきても、そのあたりはダメだろうというのはなんとなくわかるもんじゃないのかな?と思うんですが、違うんでしょうか?

コピペ文化で育ったので、分からなかったというのは、小学生とかがいう、悪いと思ってなかったという言い訳みたいなものじゃないかなと思うわけです。本当は分かってるくせに、大人たちに嘘をついているパターン。

明確なのは、実習の実験レポートは、論文ではないということです。

理系学部生の卒業論文について

1年生,2年生,3年生と学年が上がるにつれてひたすらコピペを繰り返してきた学生は、卒業論文でもコピペを行って卒業する。もちろん自分で書く人もいるが(私の研究テーマは研究室ではじめての分野だったため、卒論をコピペするにもその対象がなかった)、ほとんどの人は先輩の修論や卒論をコピペする。
早稲田大学の理工系におけるコピペ文化について

コピペ以前に、卒業論文でどういう研究を実際に行ったか?が問題だと思うんですね。
学部生ができる、1年?で、それも優秀でない人ができる研究なんて、しれてますよ。で、課題も与えられるとか、前年度の卒業論文の引継ぎみたいな感じの課題(研究テーマ)のこともあると思う。

で、論文がコピペというか、前年度の内容と前半部分がほとんど同じというのは論文の構成上仕方がない感じがするんですね。

でも、論文のなかでも、過去の分と、自分が実際にやった部分は明確に区別するし、また考察は、自身が試行錯誤でやって考察した結果である必要があるので、ここをコピペとかで表現できるとは思えないんですね。


そもそも、卒業論文って、論文じゃないと個人的には思ってるんですが、その僕の認識がやっぱりおかしいのか、マトモな人に指導されなかったからなんでしょうか?それともFランの大学だからなんでしょうか?

あと、院に行く予定の人と卒業組?では、そもそも要求されるレベルとかが全然違う感じでした。まあ、研究者になるわけじゃないので、それは助かるんですけど、そういうのも大学教育としてはダメなんですかね?

また、理系で国立では、院に行く人がほとんど?だけど、私立ではそうでもないというのが違うかとも思います。


明確なのは、卒業論文は、修士論文でも博士論文ではないということです。

論文について

こんにちは。英語で学位論文を作成しているのですが、初めてのことなので英語での書き方がよくわかりません。他の文献の文体を真似してみたりしているのですが、どうも自分が書いているような気がしないのです。授業の課題用に書いたレポートの使える箇所をそのまま切り貼りしたりもしています。クラスメイトと一緒に書いたレポートもあり、自分が直接書かなかった箇所も使えそうなら使ってしまうという始末です。出版済みの論文はさすがにこのような使い方はしないのですが。
論文がただの切り貼りになってしまう : 趣味・教育・教養 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) -2004年6月10日 

この回答をみてると、うーんと思いつつ・・・。
やっぱり、こういう状況下ではこれはダメとか、ここまでは許容されそうとかそういうのはあるのかな?と思うのですが・・・。

コピー&ペーストは本当に悪いのか?

ハーバードの学生が書いたウィキペディアのコピペレポート

「ネットで探した文献のコピペ(コピー・アンド・ペースト=ネット上の文献やデータを引用・切り貼りしたもの)ですよ。今の教授たちはわれわれがウィキペディアでレポート書いているなんて思ってませんよ。へへへ」と彼は笑った。

ハーバードの政治学部生が比較政治について書いたレポートで相談に来た時の話だ。日本のウィキペディアと違い、本場のそれには、あらゆるテーマについて大量に、そしてけっこう正確な情報が詰まっている。これを切り貼りするだけで内容の豊富なレポートが書けそうだ。

「教授たちから何も言われない?」と問うと、「問題は内容ですよ。ハーバードの先生は学生の論文をよく読み込みんでいます。こちらもコピペとはいえ、真剣に切り張りしていますから」と胸を張る。
コピー&ペーストは本当に悪いのか? 学生の「コピペレポート」に憤慨する大学教員に異議あり!  | 田村耕太郎「知のグローバル競争 最前線から」 | 現代ビジネス [講談社]

これを読んでも、やっぱり、コピー&ペーストは良いとは肯定的には受け取れませんでした。


たぶん、引用してもよい部分についてもコピペはダメだという文化で育ったので、逆に、省力化のための正当な行為と、不当なコピペの区別がわかりにくいのかなとちょっと考えているのですが、そんな感じなんでしょうか?

学部生の試験について

  試験をパスしたのは6人。追試験も120人全員が不合格――。広島大医学部の講義「神経解剖学」で、こんなことが起きた。例年、本試験とその後の追試験は同じような内容だったが、今年は担当教員の判断で変更されたという。ネット上で話題となっている。

大学によると、1月11日に試験があり、2年生126人が受けた。パスしなかった120人は同月31日の追試験に挑戦したが全員が不合格だった。
広島大医学部、追試の120人全員不合格 試験内容変更:朝日新聞デジタル

去年と同じ問題がでることが慣例になってるので・・・・(^^;

これも、一般論としてはダメだといえるんだけど、現実問題、そうなのかな?という話。

それでも、無条件に許容してはダメというのは、個人的には思う。

その基準はなにか?なんですが・・・。

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著作権を守ることばかりを教育して、著作を利用するという文化教育をしないから

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