「強く生きていく力」を身につけるための学問、教育について

下から7割の人には、あまり教育が必要じゃないのではと思った

ちきりん氏のお粗末な科学教育論 - バッタもん日記
下から7割の人のための理科&算数教育 - Chikirinの日記


だって、語学(英語)もホントウにそんなに必要なのか?と思わなくはないので・・・。
英語使ってる人って、実際にどの程度いるの?って感じで・・。

必要性を感じている人、今現在必要な人は必要性を感じるだろうけど、そうでない人はそう感じられないでしょう。

科学・数学(算数)があまり必要ない?とか言う部分も納得できる部分もある。

たとえば、リボ払いについて計算方法を知る必要はあまりなく、生活するうえで知るべきは違う部分にあると思う。もちろん計算出来たほうが良いだろうけど、実際、間違っていないかなんて請求書を検算している人なんていないと思う。

リボ払いという仕組みを知るのには、算数の知識は要るかどうかは、何を知るか?によるかとおもうんですな。

大学の経済学部の学生だって、微積分必要そうだけど、微積分出来なくてもそれなりに理解してそうな気配はするんだけど、どうなんだろうか?

ないよりもあったほうがよいという考え方は、(どうしても)必要かどうかとはまた別の次元だと思う。


必要ないというのと、教育レベルはどこまでかは、別の観点

ただ、必要か?という観点と、教育レベルはどの程度にすべきかは別だと思うので、必要なくてもここまではという部分はあるとは思う。

よく、基礎さえできていれば、応用はいつでもできるみたいな言い方をするけど、何処までが基礎なのか?なんですよね。

だって、多くの学問は積み重ねなので、前は応用だった部分が、基礎になったりしないだろうか?って言う話。


ゆとり教育

・3割の優秀そうな人の足を引っ張らずに伸ばす方向
・7割の人に、勉強という役に立たないことから解放する方向

たぶん路線としてはこうだったと思うんですね。

でも平均値で、昔よりも下がったということで、たいへんだたいへんだ、北欧と比べてうんちゃらかんちゃらとなって今にいたるんでしょうけど・・・。

じゃ、アメリカとかと比べないのはなぜ?てかんじですよね。

一部のホントウに優秀な人がいないと、多数の平均値の高い人ばかりではダメだとおもったから、ゆとり教育を始めたのに、またもとに戻してどうするの?って感じではあります。


理系科目が大事だという人の話が、個人的には独りよがりすぎると思う

僕は実は理系なんですが、その目から見てもそう思うんですね。

リボ払いの話と同じで、その中身の何を理解するのがリテラシーにつながるのか?、生きる上での力になるのか?なんですよ。

理系の高学歴の人も、いっぱい、騙されてるっポイ感じもありますが、
科学的に正しいという部分と、それに伴ってどうすべきか?という付随する部分とは別だというのが分けれないとダメな感じだと思います。

死亡率0.1%なので、安全ですとかいう話でも、安全という価値観はまた別なので・・・。死亡率0.1%の正しさが分かっても、検証できても、安全かどうかはまた別だという話もある。

知識は、論理武装や、相手を説得するときなどには役に立つのかも

まあ、正しい専門知識で、脅しをかけて、説得みたいな・・・。

これって、声が大きい人とどう違うかですが・・・。


下から7割の人は、勉強したほうがよいと思う

騙されやすいから。

学校の勉強は役に立たないというのは、本当の部分も多いと思うけど、
でも、知識不足が故に、騙される

まあ、騙されるといっても、1円高い買い物をしたとかそんなのは大した話でなくて、人生を左右しかねないことでひどい目に合わないことが大切なだけだと思います。

まあ、世の中には、騙されて?安い賃金で働かされている人もいるようだけど、でも、それって知識があっても、不当だというのはわかる程度で、あまり改善の余地がないのは事実。

生きていく力を身につけましょう

知識の人もいるだろうし、声の大きさの人だっていますよ。

生きる上での力をつける手段の一つとして、勉強がある、教育がある程度に思ったほうがよいかもと思う。

まあ、勉強してはダメだという大人はいないので、悪いことじゃないんじゃないかな?と個人的には思う。

ただ、その力を過信してはダメだと思う。意外と役に立たないものかもしれないということ。

「生きていく力」というとゆとり教育と同じこと言ってそうで怖いんだけど、

何がそうなるかなんて、誰にも実はわからなくて、無駄なことをたくさんしていく中でしか見つけることができないものだと思います。

そういう意味で、実用的だけを追及すると、結局は、生きる力にならない可能性もあるということだと思います。


追記

キチ○○さんの「身近な生活場面から教えればやる気でるよね」という極論は、
生活単元学習と言いますが、実は戦後すぐの義務教育で『実験』され、失敗し
てるんですね。
一方その真逆の極論である「全員に学者や専門家に繋がる学習を」という極論
も、『実験』され、これも失敗しました(数学教育現代化)。
前者は「学力低下」につながり、後者は「モチベーション低下」に繋がります。
ググれる事はググってから考えないと、俺様論理になる

過去の失敗事例は、知らなかったので興味深いというか、参考になった。

まあ、社会全体としての戦略と、個人(わが子)に対する戦略とは、別個に考えるべきだと思うので、
社会全体としては、ほんの少数の天才がいればよいとしても、その結果として、バカな人が増えるとしたら、
わが子が凡人である人が多いわけだから、そんなのは認められない気もする。

だから平均の学力が下がると気になるんだろうけど、でも平均の学力があっても安い労働力を確保できるわけでもないので社会としては、それよりも天才が数名、それもコントロールのしやすい人希望とかなりそうな感じはする。


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『「強く生きていく力」を身につけるための学問、教育について』へのコメント

  1. 名前:けん : 投稿日:2014/04/06 21:22

    まあちきりんはアメリカのビジネススクールいって、外資金融行ったエリートもしくはキャリアウーマンだからな。
    別にどっちでも問題なさそう

    あと、ミクロ経済学やるんやったら、微分は絶対いるで。
    簡単なやつやったら、2次関数を1次関数にするとかやけどw

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