「猫派の僕」と「犬派の彼女」との愛について

僕は猫が好きで、彼女は犬が好きです。
仲がいいときは、お互い動物好きで相性がいいねと思っています。

しかし険悪なムードになると
やっぱり、犬派と猫派では相性がわるいな、考え方がちがうなという思いになります。


大抵の場合、仲がいいときは共通項を見つけ出そうとし、仲が悪いときは違いという名の原因らしきものを探し出そうとします。

しかし、もともとの事実は同じなんです。僕は猫派、彼女は犬派です。

包容力?!

異性と長く続くよい関係を築くためにはどうしたらいいのだろうか?相手の「欠点」を受け入れられる包容力はどうやったら身に付くのだろうか?
http://anond.hatelabo.jp/20130929160923

包容力でなくて、妥協や諦めでも、表面上の結果は同じだと思うが…。

相手の欠点はあなた基準の欠点であって、相手の欠点ではないと理解することが必要です。
あなたが気に食わないから欠点だと思っているだけで、相手がその欠点を直してないのは欠点ではないからではないでしょうか。


異性と長く続くよい関係を築くためにはお互いがお互いを思いやり、譲るところは譲り、いらないプライドは捨てることだと思います。
http://anond.hatelabo.jp/20130929170523

理想はお互いが思いやりなんだけど、世の中?的には一方が我慢してる場合も多いとおもうけどね。

小さな範囲でみれば、一方的に我慢であっても、すこし大きな範囲でみればもしかすると、お互いに我慢しあってる部分は多分にあるとは思います。


愛=相性

結局は、愛というのは相性なんじゃないかな?と思うわけです。

食べ物の好き嫌いにしても、相手が好きなものが、自身が嫌いでも問題がなかったりすることもあるわけです。
たとえば、自身の嫌いなものを相手に代わりに食べてもらうことによって、相手が喜ぶことも多いわけですから、そういう関係だと好みが違っても問題ないわけです。

欠点がうまく相手とかみ合うことで、逆により良い方向になることもあるわけです。


妥協と我慢

無理じゃね?
多くの人は我慢出来てるんじゃなくて、最初から気にしていないんだから。
http://anond.hatelabo.jp/20130929170139

最初は気にならなくても、年月が経過すると気になることもあるし・・

僕の考えとしては、世間の多くの人は「我慢と忍耐」で愛を継続させていると思う。

ただ、どこまで「我慢と忍耐」を使うべきかはわからない。また、「我慢と忍耐」を使用したとしても、結局は人間関係なので、それだけで継続できるわけでもないとは思う。

世間の価値観なんて関係ありません

世間の価値観なんて関係ありません。自身が耐えれないと思うのなら仕方がないんです。

「愛」と「我慢」を天秤にかけるとしても、その重さは個人差があるために、だれも正解がわからないんです。

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