無意識の差別意識

「アンパンマンなんて、流行ってないでしょ?」と発言した会社の人は、結構トシだが、子供がいない。
(子供が出来なかったのか、意図的に作らなかったのか、不明)

子供を持ってない人と、子供持ち(自分)との間で、ここまで皮膚感覚が違うとは、思わなかった。

一応ウチの会社、BtoC部門もあるし、子育て層は重要な顧客層なので、幼児キャラに無関心だと
仕事にも影響するんですが。
「当社ノベルティーにアンパンマンを採用したい」という稟議を上げても、この人に却下されるのかな?
http://anond.hatelabo.jp/20130829201531

最後の3行がなければ、子供がいないとそういう感覚はないかもしれないねで終わるかもしれないけど・・・。

これが差別か?どうか議論なんてどうでもなくて、そういうことをいうのは、特に公然というのは辞めたほうがよいでしょうというのが私の感想。

理屈はいくらでも作ることができますが、そういうのでなくて、皮膚感覚みたいなもので、こういうのはいうのは辞めておいたほうがよいと感じないとダメだと思うわけです。

理由なんて簡単で、稟議が通らないのは、「アンパンマンを採用する妥当な理由がきちんと示されていない、リサーチされていないから」かもしれないわけです。仕事には影響するだろうけど、稟議が通らないかどうかは別。


実際、そうだとしても

実際にそうだとしても、言ってはよろしくないということ。

事実なら差別ではないというのは、意識が低いんです。

別に差別?だからやめろとは言わないけど、最低でも差別的発言かそれに近いことをしてるなという自覚はほしいかなと思う。

人によって、どこまで許容できるかわかりませんが、たとえば、最後の3行がなければ私なら許容できるけど、そうじゃない人も当然いるでしょう。


人を貶めたいときは・・・

さらっと、事実を言って、そこにちょっとだけ付加するだけで、貶めることが可能かもしれないということ。

今回の件でも、最後の3行を、
一応ウチの会社、BtoC部門もあるし、子育て層は重要な顧客層なので、そういう感覚がないといろいろ大変で、日頃から努力されてるんだろうなと、思った。
みたいな感じに、人の良さそうな風に書き換えれば、それだけでOKかも。

OKというのは、人を貶める方法としては・・・(^^;


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