「あきらめる」ことで、人生が開けていくこともある

この30代半ばの高齢で怠け者でみすぼらしい低学歴低収入の無能なブスは、この先望もうが望むまいが死ぬまで独りだろう。
客観的に見ればこれほど惨めで不幸な女もないのかもしれないが、「独りの人間は誰にも見捨てられることはないし裏切られることもない」という気付きを得られたことで、自分は初めて産まれてきて良かった、生きていて幸せだと思えた。
http://anond.hatelabo.jp/20130704214143

「あきらめる」という言葉が嫌いなら、「開き直ったときに、人生が開けていく」でもよいと思います。

何かに固執すると、人生がうまくいかないことだってあるんですね。あきらめずに継続することだけが、人生をよりよくする方法ではありません。

一生懸命頑張って、それで結果が出なくても、失敗しても、後悔しないというのも、単なる思い込みです。実際には、そんなことはありません。頑張りすぎて、絶望して、死ぬ人だっています。

出世をあきらめたら、気分が楽になった

他人がどう考えようと、何をあきらめようが、あなたには「ほとんど」何も関係ありません。気分が悪いなとか嫌悪感を感じるかな?とかそういう程度の影響力しかないんです。

それよりも、「何かをあきらめることで、精神的に楽になれること」はないか?を考えてみる方が、ずーっと良いと思います。

男?なら、出世をあきらめるとかそういう類とかに置き換えてみれば、理解できることもあるのではないでしょうか?

何かを、誰かを理解するというのは、努力しないでできるわけではありません。

また、何かを「あきらめる」というのは、「あきらめない」ということよりも、強い決意が必要なこともあるわけです。逃げの気持ちだけで「あきらめ」られるわけではありません。

出世をあきらめたのに、チャンスがめぐってきた

こういうことも、世の中、少なからずあるわけですね。

気負っていても、そうでなくても、チャンスを生かせることが成功する秘訣です。

逆にいうと、「出世したい」と強く思い続けていても、(ほとんど)何ら現実は変わりません。

後輩が先に出世していく、後輩の方が給料が高いというのをみて、気負っても、精神的に疲れるだけなんです。

そんな負け犬的な考え方は嫌だ、社会不適応者みたいな考え方は嫌だ

そういう風に、必要以上に固執するようなのは、自身を追い詰めてしまいます。

人間は、平常心の時や、幸せな時の方が、性能がよいんですね。何をやってもうまくいくときって、そういうときが多いわけです。

いやいや、ピンチの時も実力発揮できるとかいう人もいるかもしれませんが、それは「火事場の馬鹿力」なんです。だから、一時的にリミッターが外れて、高い性能がでるだけで、リミッターが外れたまま、その性能を出し続けるのは危険ですし、通常は長続きしません。



思い込みや、しがらみから解放されると、新しい選択肢が見えることがある

AかBしかないと思っていた選択肢が、実はCもあったんだと気づいたりするんですね。

状況が悪い時ほど、第3の選択を見つけ出せるかどうかが、成功?する秘訣だったりします。

ただ、状況が悪い時ほど平常心を失い、視野が狭くなる傾向にあるので、第3の選択に気づけないこともあります。
第3の選択がない時は、自らその選択を作り出すということも、心に余裕があるときは可能です。

また、実際にはA,Bの2択しかなく、どちらを選んでも不幸度合いが変わらないこともありますが、選択して次に進むためには、思い込みなどにとらわれていると勧めません。理不尽な選択というパターンですね。

ただ、人生の選択は1度でなくて、選択の繰り返しですので、その後の選択の仕方によっても実は変わります。

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