自分自身を信じましょう 【信じる対象とその依存について】

自ら決断できない奴は奴隷になるのがお似合いだ

彼女たちは「ピュアな存在」で居たがるらしい。これは過去、自分が実際に言われた言葉。
意思決定には大なり小なり責任が伴う。
でも彼女らは、自分の行動を自分の責任として処理できない。
http://anond.hatelabo.jp/20130704084455

「まとめサイトに洗脳された大人」と「まとめサイト思想に染まる若者たち」 - BAYAREAD ─読書記録と忘備録─
まとめサイトばかり見ていると洗脳されますよ - Hagex-day info

自分自身で考え、自分自身で決断するというのは、意外と難しいもので、人は何かに寄り添う傾向にあろうかと思う。まあ、別に自身で決断したからと言って、幸せになったり、成功したりはしないので、その辺はあまり勘違いしないほうがよい。

それは、サラリーマンが社畜だとか言っている人たちの論理展開をみれば、わかるかと思う。

XXXはダメだ論

まとめサイトはダメだと、ネット界隈で言われるけど、ネット界隈では(あまり)ネット自体がだめだとは言わないわけですね。TV界隈でも、ネットに依存するのはダメだとか言いながら、(ほとんど)TVはダメだとは言いません。

つまりですな、自身がいる場所はダメだとは言わないんですよ。でもって自身はあまり関係ないところをダメだというわけですね。ということで、この手のダメだ論は、ある意味、無意味なんですね。

最終的には、多数派のところは、本当にダメでも、だれももうダメだとは言わないことの方が多いわけです。

実際問題、自身で考える人は邪魔

権利関係って、たいていは他人とぶつかるようになっているので、自身で考える人たちは邪魔なんですね。考えない人たちには、受け入れやすい思想を与えてあげれば、都合の良いように洗脳できますので、非常に便利なんです。

TVなんかは、ネットよりもTVを見てほしいでしょうし、ネットなら広告収入に支えられているので、競合は排除したいと思うでしょう。

そういう路線でなくても、こういう思想を持った人はちょっと邪魔だなと思ったら、その原因となっているところを取り上げて、ダメだよといえばよいわけです。

もともと自分自身で考えないので、別のものにすり替えればよいだけです。

信じる対象

XXはダメだ論の問題は、信じる対象についてあまり警告していないことです。あそこはダメだから鵜呑みにして信じてはダメという話にもっていくだけで、そもそもなんでも鵜呑みに信じてはダメということは言わないわけです。

TVであろうとNHKであろうと、国家であろうと、鵜呑みにしてよいわけはないんです。
情報ソースが確かだといっても・・・。

技術が成長してきたように、人をだます手法も成長してきてるんです。

信じるという依存体質

「XXXに洗脳される」は、信じる対象に依存しやすいわけです。TVは信用できないとなると、ネットで、ネットでもどこそこは信用できないとなると、あそこは信用できるみたいな感じで、単に、信じる対象を移動していってるだけなんですね。

信じるというのは、ある意味、自分で物事を考えないということなんです。

自分自身を信じましょう

多様な価値観と、多様な情報が入手できる現代においては、最終的には、自分自身を信じることがベターだと思います。自分自身を信じるということは、自身で考え、判断するということです。

考えるということは、情報が正しいかどうかを判断することではありません。また、情報の正しさは実際には検証不可能なこともありますし、そもそも正しさというもの自体が、あいまいなものなんです。



間違いに目くじらを立てない

重要度を無視する姿勢は、考え、判断することをあまりしたことがないので、そういう態度に出がちです。

周りに流されることも、大切

要は、バランスというか、極端にならないことが大事なんです。

極端な人は、逆に社会性がない場合が多いので、自身で考え判断しているのに、そうでない人よりも不幸になるってことも十分あります。

人間の感情や行動は、論理的ではない

論理的な人は、あまり幸せになれないことが多いので注意。

論理的な人は、周りの一部の人が馬鹿に見えますが、実際にはそういう人の方が幸せだったりするので、馬鹿に見えるからと言って、変な論理を打ち立てるのはやめたほうがよいでしょう。

つまり、変な論理もまた、馬鹿なんですよ。

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