ゆとり教育は、マニュアル人間の反省からできた(はず)で、マニュアル人間にはその価値がわからない

僕も「これだからゆとりは...」と何度も言われた事はあったが、思い出にあるのは40代のとある男性。かの日の僕は20才で、まだお子様気分が抜けていなかったし、目の前でゆとりについてなじる40代のとある男性に対し、言い返す気持ちで言いました。
http://anond.hatelabo.jp/20130619144750

現在40代の人は、20代のころは、新人類とか呼ばれてて、マニュアルがないと何もできないということで批判されていたんです。自分自身で考えることもできないとか、想像力や独創力がないとか、臨機応変に対応できないとかそういう感じのことをガンガン言われてきたんですよ。

でも世の中は変わり、情報共有という名の元にマニュアル作りが進んで、マニュアルをみて何かができることは逆に当たり前になったわけです。臨機応変な対応さえもほとんどがマニュアル化されてしまったわけです。

現状、独創力があるような、世界をリードしていくような人たちが、マニュアル人間の世代にどれだけいるか?という話ですよね?

標準的で、そこそこ役に立つ人間だけでは、世界から取り残されて、終わってしまうんですよ。働きアリや働き蜂は重要な社会の構成要素だけど、それだけでは、ダメだということからの反省だたわけです。

我々が今、やり残した事があれば、今度は後悔と嫉妬から私達が「今の若い奴らは」と言うようになる。
「あなたには無理」そういってやめさせようとする人が多すぎます。あなたがしなくてはいけないのは、彼らに向き直って「自分がやるのを見てなさい」ということです。 –レーン・ビーチレー
20歳のあの時の俺へ送る。
http://anond.hatelabo.jp/20130619144750

世代間ギャップというものだと思う。
いつの時代も、若い世代は何らかの批判をされるんですね。だから、そんなのを真に受けてはダメなんですよ。

ゆとり世代は、ゆとり世代の良いところがあるはずで、マニュアル世代がマニュアル化を推し進めたように、また何らかの変化をもたらす可能性だってあるわけです。

いまだに、「飲みニュケーション」大事だとか言ってるけど、本当に大事なのは、「飲みニュケーション」というものを守って、それに適応しない人たちを排除することなのかもしれないってことです。

昔の新人類の人たちも、そんなのには付き合えないっていう人が多かったのに、年を取ればそういうのに巻き込まれて、逆に若い世代に説教しだすわけですな。

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